通勤手当を不正受給した社員への対応
Q X社では社員による交通費の不正請求、不正受給が問題となっている。問題社員Aは実際には居住していない住所の住民票を会社に提出して数年間にわたり交通費を不正受給しており、不正受給の総額は数百万円に達している。問題社員Bは会社が支払いを認める通勤経路を申請したものの、その経路よりも不便だが安い経路を使って、浮かせた通勤手当の差額を不正受給していた。このような社員への対応はどうすべきか。このような不正受給金の返還の請求や、懲戒処分は可能か。
A 1 まずは、不正受給の有無、不正受給の行為態様、時期、不正受給額等を確認するため、調査を行います。具体的には当該社員の申告書とその他の記録を間に齟齬がないかを確認します。また、不正受給が確認された場合に備えて、就業規則の懲戒規定、過去の実績などを確認しておきましょう。齟齬が確認されれば、実際に社員に対して資料と記録の齟齬や実際の通勤経路について説明を求めます。定期券のコピーや領収書などの提出を求めることも有効です。
2 不正受給が確認された場合、社員に不正受給の意図があったか否かを問わず、会社は過払い分の返還を求めることができます。返還方法については、現金による返還をさせることのほか、社員の自由な意思での合意のもと、賃金や退職金からの相殺をすることも可能です。ただし、賃金からの相殺は原則として禁止されるので(賃金全額払いの原則、労働基準法24条1項)、相殺に対する社員の自由な意思に基づく同意があることが必要です。社員の自由な意思に基づく同意があるといえるには「合理的理由が客観的に存在することが必要で、その認定は厳格かつ慎重に行われることとなります(日新製鋼事件・最判平2.11.26・労判584-6)。
3 不正行為が悪質で、被害金額が多額である場合には、懲戒解雇の検討も視野に入ります。不正受給に対する懲戒解雇については、肯定・否定の裁判例があるため、裁判例に照らして懲戒解雇に相当する悪質性があるか、それを証明するだけの証拠があるかを慎重に検討しましょう。
懲戒解雇を肯定する裁判例としては、①実際に居住していない住所の住民票を会社に提出し、約4年5か月間で約231万円の不正受給があった事案(かどや製油事件・東京地判平11.11.30・労判777-36)、②虚偽の住所を申告し、約3年間で100万円の通勤手当を不正受給していた点について「このような行為は、刑法に該当する犯罪行為であって、即時解雇されてもやむを得ないと認められるほど重大、悪質な背信行為であるといる」と判示された事案(アール企画事件・東京地判平15.3.28・労判850-48)があります。
懲戒解雇を否定した裁判例としては、③会社が通勤代の支払いを認める経路を申告しつつ、それよりも不便だが安い通勤経路を利用し、浮かせた通勤手当を不正受給していた行為に関して、通勤経路を変更しなければ申告通りの通勤手当を受給できたので詐欺的場合ほど悪質ではないこと、現実的損害も約34万円と多額ではないこと、返還の準備ができていること、当該従業員がこれまで懲戒を受けていないこと等を理由に解雇無効とした事案(光輪モータース事件・東京地判平18.2.7・労判911-85)、④住所変更を申告しないことによる住所地の虚偽申告と通勤手当の不正受給による懲戒解雇の有効性に関し、被告である幼稚園理事による女性従業員への妊娠を理由とする退職勧奨などの違法な行為が住所地の虚偽申告の一因となっていること、虚偽申告が幼稚園の業務に重大な実害を生じさせていないこと、不正受給の期間は約9か月と比較的短期であることから解雇無効とした事案(今川学園木の実幼稚園事件・大阪地堺支判平14.3.13・労判828-59)があります。
4 A、B双方について申請とは別の住所、ルートで通勤し、実際にかかる交通費より高い金額の交通費を受給しているので不正な受給には当たります。過払分については返還を求めましょう。
問題はA、Bに対して懲戒解雇等の処分が可能か否かになります。不正行為が悪質で、被害金額が多額であるかを検討することになります。
Aについては、裁判例を参考に検討すると(上記判例②)、以前の住所とはいえ虚偽の住所の申告となるため悪質といえます。過払い分が多額となる場合には懲戒解雇も可能な重大な不正といえるでしょう。Bについては、判例③を参考にすると、本来なら申請通りの交通費を受給できたといえ悪質性が強いとまで言えないので、過払いの額、返還・その予定の有無等の事情を考慮して重大な不正といえるかを慎重に判断することになります。
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