出向を拒む社員への対応

Q X社では、事業効率化のために、ある部門の業務について子会社に委託して同部門の廃止をした。そして、これまで同部門で働いていたAについて、子会社で3年間の出向を命じることにした。これに対して、Aは通勤時間が長くなること、賃金が低くなることを不満として、出向に応じようとしない。Aの同意のない出向命令は可能か。また、可能である場合に、出向を拒否するAに対してどのような対応が可能か。

A 1 出向とは社員が会社に在籍したまま、他の会社において相当長期にわたって業務に従事することをいいます。出向は①子会社・関連会社への経営・技術指導、②社員の能力開発・キャリア形成、③雇用調整、④中高年齢者の処遇などの目的に利用されています。

 

 他の会社での労務提供については、労務提供の相手方が変更されるため、就業規則・労働協約上の根拠規定や採用の際等における同意などの明示の根拠が必要となります(日東タイヤ事件・最判昭48.10.19・労判189-53、新日本製鐵事件・最判平15.4.18・労判847-14)。

 

 労働契約の締結により原則として可能となる配転命令とは区別されます。そして、判例は出向命令権の根拠規定の有効性について、出向の対象企業、出向中の労働条件、労務関係、期間、復帰の際の労働条件の処理について、出向社員の利益に配慮した規程が設けられているかどうかを考慮しています。(上記、新日本製鐵事件)。

 

2 出向命令権が認められる場合にも、権利の濫用とされると当該出向命令は無効となります。
濫用かどうかの判断は、「(出向命令の)必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして」、行います(労働契約法14条)。

 

 出向命令の必要性の検討に当たっては、業務のために出向の目的や人選が合理的なものであるかどうかが問題となります。上記事例では、子会社への業務委託が合理的なものか、仮にAを経営・技術指導のために出向させるならAが経験・能力から適当な人物かということが検討されます。

 

 労働者側の事情としては、出向により労働者が「著しい不利益を受けるものでないこと」が必要となります。出向先での賃金・労働時間・勤務内容の他、通勤や育児介護に対する配慮も必要となってきます。特に定年延長目的での出向の場合には、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」との関係で、権利濫用の考慮要素とされることがあります。

 

 定年延長のための出向の有効性が争われた事案では、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律等の精神に照らし・・・、出向を命じるについては、(1)それ相当の業務上の必要性があること、(2)出向先の労働条件が出向者を事実上退職に追込むようなことになるものでないこと、(3)出向対象者の人選・出向先の選択が差別的なものでないこと、を要する」としています(東海道旅客鉄道事件・大阪地決平6.8.10・労判658-56)。

 

3 出向命令権が認められ、具体的な出向命令が濫用に当たらない場合、使用者は労働者の個別の同意なく出向を命じることができます。

 

 もっとも、労働者にとっては労務の提供相手等の労働条件や職場環境が大きく変わることとなるので、出向を命じる労働者には出向の意義を説明して、納得させるようにすることがトラブルを避けるうえで望ましいです。会社が十分な対応を採ったのにも関わらず、労働者が拒否する場合には懲戒処分や解雇といった手段も検討することになります。

 

 この懲戒処分や解雇の有効性にも影響するので、労働者への説明や説得を行う際には、労働者の要求・不満を聞取り、会社の見解を明確に示すといった適切な対応を行うことが必要です。

 

4 出向には就業規則・労働協約上の根拠規定や採用の際等における同意などの明示の根拠が必要となりますので、まずはこれらの根拠があるかを確認しましょう。

 

 そのような根拠がある場合にはX社に出向命令権が認められるため、Aに対する具体的な出向命令が濫用に当たらないかを検討します。濫用か否かは、出向命令の必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして判断します(労働契約法14条)。詳細については上記2を参照するとともに、可能であるならば自社の法務部や法律家に意見を求めましょう。

 

 出向命令権が濫用に当たらない場合には、Aの拒否に関わらず命令することが可能です。これに応じないAには業務命令違反から懲戒処分を検討することも可能です。もっとも、会社としてはAに納得させた上で出向に応じさせるのが一番ですので、丁寧な説明・説得を行うことが肝要です。丁寧な手続を踏むことにより、Aがどうしても出向に応じない場合の懲戒や解雇の適切性を根拠づける要素ともなります。