無断残業で残業代稼ぎする社員への対応

Q X社では、時間外労働について、社員が事後に報告して残業を申告する自己申告制による残業管理が行われている。
 社員Aは必要もないのに勝手に居残り残業をして残業代を請求している。社員Bは実際には残業しているのに会社に時間の申告をしていない。X社としてはどのような対応をすべきか。

A 1 労働時間については、原則1日8時間以内、週40時間以内とされ(労基法32条)、時間外労働をするには一部の適用除外の場合を除いて労使協定の締結が必要となっています(労基法36条)。そして、時間外労働が許される場合にも、時間外労働に対しては使用者は割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条1項)。

 

 労働時間とは会社の指揮命令下に置かれている時間をいうところ(三菱重工業長崎造船所事件・最判平12.3.9・労判778-8-11)、会社の残業命令がなく、社員が勝手に居残って作業をしている場合には、労働基準法上の時間外労働として扱う必要はありません。

 

 もっとも、会社の指揮命令は明示的なものに限られず、「使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する」場合も労働時間に含まれます(判例として静岡県教育委員会事件・最判昭和47.4.6・労判153-9、裁判例として神代学園ミューズ音楽院事件・東京高判平17.3.30・労判907-72)。

 

 具体的には、残業で業務を処理することを当然として上司が容認していた場合、時間外労働をせざる得ない客観的事情がある場合には黙示の時間外労働命令が認められる傾向にあります(徳洲会野崎徳洲会病院事件・大阪地判平15.4.25・労判849-151、とみた建設事件・名古屋地判平3.4.22・労判589-30,ビーエムコンサルタント事件・大阪地判平17.10.6労判907-5)。

 

 これに対して、上司が明示的に残業をしないよう指示していた場合や業務内容から判断して時間外に行う必要がない場合、業務上余分な作業が時間外に行われていた場合には労働時間制は否定される傾向にあります(吉田興業事件・名古屋高判平2.5.30・労判566.57、ニッコクトラスト事件・東京地判平18.11.17・労経速1965-3、リンガラマ・エグゼクティブ・ラングェージ・サービス事件・東京地判平11.7.13・労判770-120、リゾートトラスト事件・大阪地判平17.3.25・労経速1907-28)。

 

2 残業代稼ぎをする社員への対応については、社員の中には時間外に働けば会社の指示の有無を問わず残業代が得られるというように残業することを権利のように考えている人いるので、まずは残業は会社の指示があって行うものであることを周知徹底させましょう。その上で、社員が残業しようというときには、上司が業務上の必要性を確認した上で、翌日にできる業務は翌日にするように指示させるよう指導を徹底させましょう。

 

 社員が指導に従わない場合には、残業を禁止する命令を明白に発し、それでも社員から残業の申告があった場合には時間外労働として認めないという対応をとります。

 

 また、社員が労働時間当たりの作業効率を数値のうえで引き上げて人事考課上有利な評価を得るために、残業しているのに残業の申告をしない場合があります(自発的サービス残業)。このような場合であっても、上司が残業を黙認している場合には、黙示の残業命令があったと評価されかねず、注意が必要です(かんでんニンジニアリング事件・大阪地判平16.10.22・労経速1896-3)。

 

3 労働時間の管理の方法については、一般にタイムカードやICカードによる方法、一定の裁量の範囲内で自己管理の下に行う業務の多い職場での自己申告制の方法などがあります。自己申告制の方法を採る場合には、曖昧な時間管理を誘発し不必要な居残り残業、サービス残業が常態化する恐れがあります。

 

 労働時間の管理については、会社の義務とされ(労基法108条及び労基法規則54条1項に規定される賃金台帳調整義務の一環としての労働時間記録義務並びに労基法109条に規定される労働時間の記録に関する書類などの労働関係重要書類の保存義務)、違反には罰則もある上(労基法120条1号)、残業時間が曖昧な場合には裁判上会社に不利に判断される場合があります。

 

 会社は社員の申告した残業時間と実際の労働時間が一致しているかを常に確認調査する必要があります。確認調査の方法としては、入館退館の時間やパソコンの立ち上げ・シャットダウンの時間などをチェックし、申告された時間と照らし合わせることが考えられます。

 

 また、そもそも残業を前提とした業務体制となっていないかを検討し、必要があれば業務計画や要員配置から見直しをしましょう。

 

 さらに、自己申告制を廃止して、上司の命令がなければ残業できない事前命令制をとることも考えられます。具体的には、残業が必要と考える部下が、上司に残業の要否と見込終了時間を記載した申請書を提出し、上司が内容を確認したうえで必要があれば残業命令を発するという形になります。

 

4 対策をとるとすれば、まずはA、Bのような残業を不正に利用する社員がでないよう労働時間の管理を見直す必要があります。残業は会社の指示があって行うものであることを周知徹底させ、上司にも自己判断での残業を黙認しないよう徹底させます。そして、不正ができないような労働時間の管理体制の導入や、残業を前提とした業務計画の見直しも行いましょう。

 

 A、Bの不正な残業については、合理的な方法で調査し、根拠を明らかにしたうえで、注意等で改善をさせましょう。不正な残業に対しては、賃金を支払う必要はありませんが、上司が黙認していた場合などには支払義務が生じることもあるので注意が必要です。

 

(残業禁止命令の就業規則)

1 (遵守事項)

社員は、勤務に当たり、次の事項を遵守しなければならない。
一 会社の許可なく就業時間後、会社施設に滞留しないこと。
二 会社の構内または施設内において、会社の許可なく業務と関係のない活動を行わないこと。
三 勤務に関する手続きその他の届出を怠り、又は偽らないこと。
四 会社の残業命令なく残業しないこと。
五 職場において、電話、電子メール、パソコン等を私的に使用しないこと。

2 (残業命令なしの残業)

 前項四号の規定にかかわらず、社員が残業命令なしに残業した場合、この残業は労働時間に含まれないため、会社は社員に対し、この残業に対する賃金(基本給、割増賃金、その他一切の諸手当を含む)を支給しない。