退職後の機密保持の義務付け

Q X社では退職後6カ月の秘密保持義務を定めている。商品取引の委託業務を行う社員が退職し、同業他社に入社したのだが、この社員らはどうやらX社の顧客情報を持ち出しており、他者の業務に利用しているようである。X社としてはどのような対応が可能か。

A 1 現代社会では情報の財産的価値が高まっているとともに、情報技術の進歩により社外への流出の危険性も高まっています。そのため、社員の秘密保持義務の履行を確保し、流出した場合に備えて使用差し止めや損害賠償といった法的手続きを講じられるように備えておくことが必要です。

 

 社員の秘密保持義務については、雇用中は契約上の付随義務として会社の営業上の秘密を保持する義務を負うものと考えられますが、退職後は原則として雇用関係に基づいた当該義務はなくなってしまいます。そのため、個別の秘密保持特約により秘密保持義務を課すことが必要になります。

 

 また、他社に開示・取得されることがあってはならない重要な秘密情報については不正競争防止法の保護を受けられるように情報を管理しておく必要があります。

 

2 秘密保持特約による場合の秘密保持義務については、それが公序良俗に反し無効とならない限り、柔軟に保護の対象となる情報を定めることができます。例えば、不正競争防止法では保護されない情報や製造ノウハウ、スキャンダルなどです。秘密j保持義務に違反した場合には、損害賠償請求、そして差止請求が考えられます。また、在籍中の社員の場合には懲戒処分を行うことも考えられます。

 

 他方で、不正競争防止法による保護を受ける場合には、対象が「営業秘密」に限定されるほか、保有者から「示された」秘密であること、図利加害目的による行為であることといった一定の要件を満たすことが必要となり、競争相手などの第三者にも一定の場合には権利を主張できます。

 

 不正競争防止法における「営業秘密」とは、①秘密として管理されていること、②有用な営業上又は技術上の情報であること、③公然と知られていないことの要件を満たしている必要があります(不正競争防止法2条6項)。不正競争防止法上の要件を満たしていれば(情報の取得・利用に関する不正競争、同法2条1項4号乃至9号)、同法に基づく差止請求(3条1項)、廃棄・除却請求(3条2項)、損害賠償請求(4条)、信用回復請求(14条)が考えられます。

 

2 具体的な対応については、秘密保持義務の締結に当たっては,退職の際に締結を求めても社員が拒否することが考えられるので、入社時に退職後の秘密保持義務の締結も含めた誓約書を差し入れさせるのも一つの手です。また、就業規則による秘密保持義務の設定の規定を有効とした裁判例もあります(アイメックス事件・東京地判平17.9.27・労判909-56)。

 

 もっとも、秘密保持義務はその性質上、個別の事情からその内容と程度が異なるため、情報の特定が難しい入社時の誓約書や就業規則の規定では不十分とされることも考えられるので注意が必要です。誓約書については後記の例を参照。

 

 不正競争防止法上の保護を受けるには「営業秘密」とされる一定の要件を満たす必要があります。その要件が、①秘密として管理されていること、②有用な営業上、または技術上の情報であること、③公然と知られていないことです(不正競争防止法2条6項)。

 

 このなかでも、①の「秘密管理性」の要件に注意が必要です。単に秘密情報の所持者が主観的に秘密であると考えているだけでは足りず、ア)情報にアクセスした者がそれを秘密情報であると認識できること、及びイ)情報にアクセスできるものを特定できることが必要とされています(損害賠償請求事件・東京地判平12.9.28判時1764-104)。

 

 具体的には、重要な情報は、マル秘等の表示で当該情報が機密情報である旨を明示したうえで、施錠した棚や金庫などに保管し、アクセスできる者を限定する運用をしておく必要があります(参考になる資料として経済産業省「営業秘密管理指針」、「営業秘密管理チェックシート」)。

 

3 以上が、不正競争防止法の制度を想定した場合の対策となります。ただし、秘密情報の流出・漏えいを主張して救済を求める場合、他社がその情報を取得・利用したことを証明することは難しい場合があります。

 そのため、不正競争防止法上の保護を受ける「秘密情報」として扱われるための管理とは別に、現実的に情報漏えいを防ぐ実効的な管理体制を築くことも重要となります。

 

4 本件の場合、最初にX社としては退職後の秘密保持特約が締結してあるかを確認する必要があります。本件では特約はあるので顧客情報が特約により保護される情報である場合には、秘密保持義務に違反として、他社へ入社した当該社員に対して損害賠償請求、そして秘密情報を利用した業務の差止請求をすることが考えられます。

 

 また、不正競争防止法上の保護を受けるには「営業秘密」とされる一定の要件を満たす必要があります。その要件とは①秘密として管理されていること、②有用な営業上、または技術上の情報であること、③公然と知られていないことです(不正競争防止法2条6項)。X社における顧客情報もこの要件を満たすと考えられるので、不正競争防止法上の保護を受けられると考えられます。そこで、同法に基づく差止請求(3条1項)、廃棄・除却請求(3条2項)、損害賠償請求(4条)、信用回復請求(14条)が考えられます。

 

 

(秘密保持誓約書の例)

秘密保持誓約書

 社員〇〇(以下、「私」といいます。)は、A会社(以下、「会社」といいます。)を退職するに当たり、会社の秘密情報の保持につき、以下の通り誓約します。
1 私は、退職後3年間、会社の秘密情報を第三者に開示、漏洩致しません。
2 前項の「秘密情報」とは、私が会社で従事した電子製品製造技術及び関連する営業情報とします。ただし、以下の情報は含まれません。
(1)すでに公知、公用となっている情報
(2)・・・・・・