セクハラ行為をする社員への対応

Q 管理職であるAは妊娠中の女性社員に対して、「お腹が大きくなった」や「巨乳になった」などの発言を繰り返している。また、別の管理職Bは「一緒に食事に行けば、いい仕事を回す」というメールを女性社員に送っている。さらに、管理職のCは飲み会の席で女性社員に抱きついたと、当該女性社員から報告されている。
 A、B、Cの問題社員について女性社員から相談を受けた会社としてはどのような対応をすべきか。
 なお、Aは単に妊娠の事実と身体の状況を述べただけで性的意図はないと反論し、Cは単に介抱しただけであり、女性社員も拒否する対応しなかったので同意があったと反論している。

A1 セクハラに関しての法の定めとして、男女雇用機会均等法11条1項があり、そこではセクハラを①「職場において行われる性的な言動に対する・・・労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け」、②「当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と規定しています。①は対価型セクハラとよばれ、上司の立場を利用して性的な関係を要求する場合、拒否された場合に不利益な扱いをする場合です。②は環境型セクハラと呼ばれ、職場内にヌードポスターを掲載するなどの職場内での性的言動などです。

 

 使用者は、社員に対して、労働契約上の付随義務として、職場環境を働きやすい状態に保つ義務(職場環境配慮義務)を信義則上負っています。会社が社員のセクハラについて適切な対応をとることを怠った場合にはこの義務違反となります。

 

 公的には「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18.10.11厚労告615、以下「セクハラ指針」)が出されており、これに沿った対応を行えば、義務違反となるリスクは低くなるといえます。

 

 「セクハラ指針」では、

①会社のセクハラに対する方針の明確化と周知・啓発

②セクハラ相談窓口の設置

③セクハラへの迅速かつ適切な対応

④相談者のプライバシー保護や不利益扱いの禁止等

を規定しています。

実際の社内での防止策については、下記「セクハラ防止対応策」を参照してください。

 

 裁判例では、セクハラの事後的な対応として、セクハラにつき会社の責任を認めた上で、加害者と被害者の職場を変え、セクハラ相談窓口を設置するなどの対応をとった会社について、職場環境配慮義務違反は認められないとしたものがあります(千葉セクハラ(自動車販売会社)事件・東京地判平16.3.30・労判876-87)、

 

 会社のセクハラへの対応(指針③)としては、加害従業員への適切な懲戒権の行使も含まれます。懲戒権を全く行使しない場合は被害者との関係で問題となり、懲戒が重すぎる場合には加害従業員との関係でも問題となるため、その調整をすべきことに注意を要します。

 

2 具体的な対応としては、まずは会社の人事部、法務部が連携することが重要です。セクハラ事案では事実関係の把握と責任の所在が問題となるため、法務部が適切にヒアリングや情報収集を行う必要があります。他方で、事実解明のための慎重な対応として被害者と加害者を一緒の職場に配属したままにすると2次被害が発生する恐れもあるので、人事的な対応も適切に行う必要があります(下記、「異動の場合の通知書」参照)。

 

 次に、会社は事実解明に際して被害者に十分配慮する必要があります。特に注意すべき点が2つあり、第1がプライバシーへの配慮です。セクハラの被害者であると同僚に思われるだけでも被害者は傷ついてしまうので、第三者への聞取り調査をする場合などにもできるだけ被害者の意向に沿うことが重要です。

 

 第2に、セクハラの申告をしたことだけを理由に被害者に不利益処分をしないことに注意が必要です。被害者は不安を抱えることになるので、不利益な取り扱いはしないことを伝え、少しでも安心させます。問題の両当事者の痛み分けとする安易な解決は問題を大きくする危険さえあります。

 

 そして、会社の対応としては、適正な手続きによりセクハラの調査を行うことが必要です。会社には警察のような捜査権限はないとはいえ、できる限りの調査をする必要があります。適正手続きとしては、行為者には、弁明の機会を与える必要があります。いつどこで誰から被害を受けたかについて、具体的に行為者に示さずに行為者に弁明させたとしても、弁明の機会を与えたことにならないと判断した裁判例があります(京都市(北部クリーンセンター)事件・大阪高判平22.8.26・労判1016-18)。

 

 セクハラの事実があると判断した場合、行為者の処分を検討します。軽微なセクハラに対し、従前に指導・注意を加えた事実がないのに突然懲戒解雇とすると権利濫用として解雇が無効とされる場合があります(Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件・東京地判平21.4.24・労判987-48)。

 

 懲戒解雇相当の行為であると判断しても、諸般の事情を考慮して、通常解雇を選択することも認められた裁判例もあります(A製薬(セクハラ解雇)事件・東京地判平12.8.29・労判794-77)。

 

3 セクハラの事実認定についてはいくつかの留意点があります。

 セクハラについては被害者の同意の有無が争点となり、この点について、米国の「強姦被害者の対処行動に関する研究」をもとに事実認定をした裁判例があります(横浜セクシュアルハラスメント事件・東京高判平9.11.20・労判728-12、秋田県立農業短期大学事件・仙台高秋田支部平10.12.10・労判756-33)。この研究では、性犯罪被害者に二つの傾向があることを指摘しています。

 

 一つ目が「回避行動」の理論で、性犯罪被害者には職場の人間関係を保つための抑圧が生じるため、逃げたり声をあげたりという直接的な行動(「身体的抵抗」)をとるよりも、直接的行為を留保して対応方法を考えたり、会話の転換や説得を試みたりする「回避行動」を選択する者がいるというものです。

 この傾向からは、一見迎合的な態度があっても、回避行動である可能性があるので、身体的な抵抗がないだけで同意があったとはいえないということになります。

 

 二つ目が、「過敏な被害者」の理論で、被害者には時が経過するにつれて針小膨大な意識行動が現れるということが指摘されています。ただし、これらの傾向は絶対的なものではなく、「過敏な被害者」だから証言は割り引いて考えてよいというような単純な使い方はできません。
 重要なことは、出来る限り中立的に一つ一つの主張の合理性と、客観的証拠による裏付けがあるかを検討することです。

 

 違法なセクハラかどうかは、被害者がセクハラと感じたかどうかではなく、一般人を基準として認定を行います。判断で考慮される事情としては、①行為態様、②行為者の職務上の地位、③行為者・被害者の年齢、④婚姻歴の有無、⑤両者のそれまでの関係、⑥当該行動が行われた場所、⑦その言動の反復・継続性、⑧被害者の対応等が挙げられます(金沢セクシュアルハラスメント事件・名古屋高金沢支判平8.10.30・労判707-37)。

 

 また、裁判所によっては女性の立場の弱さに配慮した事実認定をする場合もあるので、留意する必要があります。裁判例では、密室的状況でのセクハラの強制性について、被害者側の女性と加害者側の男性との間で意見が対立する場合に、女性に痣が出来ていたということしか客観的証拠がなくても、女性の言い分をそのまま採用したものがあります(東京地判平15.6.6・判タ1179-267)。行為の状況や立場の違いなどから疑わしい状況にあるといえる場合には、加害者側で身の潔白を主張しなければならないことになります。

 

4 本件ではどうすべきでしょうか。冒頭の事例において、A、B、Cの行為はセクハラに該当するでしょうか。違法なセクハラかどうかは、上記2記載のように、一般人を基準として、①行為態様、②行為者の職務上の地位、③行為者・被害者の年齢、④婚姻歴の有無、⑤両者のそれまでの関係、⑥当該行動が行われた場所、⑦その言動の反復・継続性、⑧被害者の対応等の事情を考慮して判断します(金沢セクシュアルハラスメント事件・名古屋高金沢支判平8.10.30・労判707-37)。

 

 妊娠した女性社員に対する性的言動をしたAについては、同様の事案で、行為者が主観的には事実・身体の変化の指摘に過ぎずセクハラないと考えていたとしても、相手方が性的な不快感を覚えることは当然と言うべきとして、行為者にそのような不快感を覚えさせないよう配慮する義務があったと判断してセクハラを認定した裁判例が参考になります(東芝ファイナンス事件・東京地判平23.1.18・労判11023-91)。この判例の考え方からすると、Aの行為はAの意図がどうあれセクハラに該当するでしょう。

 

 Bのメールについては、Bが上司であり、仕事の配分する地位にあること、私的な食事を強要するような内容のメールであることからセクハラと認定される可能性はあります。実際には、その反復・継続性、行為者・被害者の年齢・婚姻歴、被害者の対応などの事情の詳細によって判断が分かれるでしょう。

 

 Cに関しては、実際に抱きつく行為があったのか、あるならば女性側に同意がなかったのかが問題となります。上記2記載のように、被害者のプライバシーに配慮した慎重な調査を行った上、上記1の回避行動の理論、過敏な被害者の理論を参考にしつつ、会社がセクハラとして対応すべきかを検討します。Cが同意なく抱きついたのであれば、当然セクハラとなるでしょう。

 

(セクハラ防止対応策)

セクハラ防止対応策

平成〇年〇月〇日
〇〇部長〇〇 〇〇 印

 当社社員はセクハラがあってはならないということを自覚し、セクハラが発生しないようにしなければなりません。

第1 禁止事項
 1 相手が不快に思うような性的冗談や体験談等を言ったり、尋ねたりすること
 2 卑猥な写真を見せたり、掲示したり、スクリーンセーバーに設定したり、配布したりすること
 3 その他、相手の望まない性的言動により、円滑な業務の遂行を妨げると判断されること 

 

第2 プライバシーの保護
 セクハラを発見した場合、また、セクハラを受けた場合には、直ちに、第5記載の相談窓口にご連絡ください。通報者のプライバシーは保護します。

 

第3 セクハラ防止委員会による調査
 セクハラの調査は、セクハラ防止委員会が行います。関係者に対して、聞き取り調査を行い、弁明の機会を付与します。

 

第4 懲戒処分
 セクハラは、懲戒処分の対象となります。調査の上、セクハラの事実が認められた場合、厳しく処分します。

 

第5 相談窓口
 セクハラの相談窓口は、セクハラ対策室(電話〇〇ー〇〇〇〇ー〇〇〇〇)です。プライバシーを守り、相談に応じますので、安心してご相談ください。

以上

 

(異動の通知書例)

異動通知書

平成〇年〇月〇日

〇〇部〇〇課
〇〇 〇〇殿

〇〇部長
〇〇 〇〇印

 

 貴殿を、平成〇年〇月〇日付で、〇〇部〇〇課の課長として任命し、異動を命ずるので、本書面をもって通知する。
 したがって、それまでに引継業務を全て終了させた上で、同日朝9時に同課に出頭すること。
 なお、本異動通知に先立って行われた調査に関する内容、手続、結果その他一切の件については、その調査過程で貴殿も了解し、同意しているとおり、その内容の機密性と重要性に鑑み、一切口外しないことを命ずる。

以上

詳しくは、弁護士法人iまでお気軽にご相談下さい。

他の問題社員のケースは、以下をご覧ください。