時間外手当を要求する年俸制社員への対応
Q X社では専門性の高い業務を行う社員の給与については年俸制とし、「時間外労働手当及び休日労働の手当ては、年棒に含まれる」との給与に関する規定を置いていた。また、通常の社員についても、時間外、休日労働に対する割増手当は基本給に含まれるとする給与に関する規定を置いていた。
年俸制の社員A及び通常の社員Bから残業代(時間外労働手当)の請求を受けたX社はどのような対応をすべきか。
A 1 使用者は所定労働時間外(残業)、休日、深夜の労働については、労働基準法に従い割増賃金を支払わなければなりません(労基法37条1項、4項)。残業手当などの割増賃金について、基本給や年俸に含めるという給与規定の有効性については、原則として、「その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」とした判例(小里機材事件・最判昭63.7.14・労判523-6)が妥当します。
したがって、年俸制に割増手当を含めると定めていても、割増賃金として支払われる部分が明確に区別され、かつ、割増賃金相当分が法定の割増賃金以上に支払われていなければ、労基法37条違反となります。
2 ただし、例外として①労基法41条によって労働時間規制の適用除外とされる労働者(農業・畜産・水産業に従事する労働者、管理監督者および機密事務取扱者、監視・断続的労働従事者)に関する場合、②モルガン・スタンレー・ジャパン事件の裁判例が妥当する場合には、通常の賃金と割増賃金を明確に区分していない給与規定も労基法37条に違反せず有効となります。
モルガン・スタンレー・ジャパン事件(東京地判平17.10.19・労判905-5)では、「時間外労働手当及び休日労働の手当は、年俸に含まれるものとする。」との給与規定の有効性が争われ、通常賃金と割増手当が明確に区分されていないと評価されながらも、例外的に有効性が認められています。
この裁判例のような例外が認められる条件としては、少なくとも①年俸が労働時間数で決定されていないこと、②労働時間の裁量性、③社員に残業手当不要の認識があったこと、④月額200万円近い高額な給与で、実際の超過勤務時間が短かかったことが必要と考えられます。
したがって、このような例外が認められる場合は少ないと考えられるので、割増賃金を支払わなくてよいとすることには慎重になるべきです。とくに、通常賃金と割増賃金が明確に区分されていないと評価された場合には、会社としては基本給・年棒を高めに設定して割増手当分を含めたつもりでも、設定の基本給・年俸とは別に割増手当を支払わなくてはならないとされているので注意が必要です。
3 なお、会社が残業を命じていないのに残業をして残業代を請求する労働者への対応については上述「無断残業で残業代稼ぎをする社員への対応」を参照してください。
4 本件では、どうすべきでしょうか。年俸制の社員A、通常の賃金の社員Bいずれについても。まずは給与規程において、基本給と割増賃金額が明確に区別できる計算方法となっているかを確認します。明確に区別できない場合には、A,Bに対して残業に係る割増賃金を支払わなければならないことになります。
年俸制のAについてはモルガン・スタンレー・ジャパン事件(同上)の裁判例が参考となるため、明確な区別ができない給与規程であっても①年俸が労働時間数で決定されていないこと、②労働時間の裁量性、③社員に残業手当不要の認識があったこと、④月額200万円近い高額な給与で、実際の超過勤務時間は短いものであったことといった事情を満たす場合には、基本給に割増手当を含むという規定の有効性が認められると考えられます。
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