経歴詐称していた社員への対応
Q X社は金属加工を業とする会社である。採用において、問題社員Aは、履歴書に学歴を高校卒業と記載し、大学中退の事実を秘していた。
また、刑事事件の裁判の最中で保釈中であるのに履歴書に「賞罰なし」と記載していた。問題社員Bは金属加工の業務経験が5年以上あるということで中途採用したが、この職務経歴の申告は虚偽であった。
X社としてはどのような対応ができるか。A、Bを解雇することはできるのか。
A 1 労働契約の締結段階である採用においては、使用者の経済活動の自由(憲法22条、29条)保障の観点から、使用者はどのような者をどのような条件で雇い入れるかにつき、原則として自由に決定することができます。
会社が採用活動に当たり、応募者に経歴の申告を求めることは、その者の労働力が会社の求める条件に合致しているか判断し採用後の職務、職場、賃金、労働条件を決定する資料を得るとともに、企業秩序維持に関する事項(会社・企業への適応性、貢献意欲、信用保持等)を踏まえ採否を決定する資料を得るために必要です。
労働契約は当事者間の信頼関係が基礎にあるため、会社が経歴について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には応募者は真実を告知するべき義務を負います(炭研精工事件・最判平3.9.19・労判615-16)。経歴の詐称はこの真実告知義務に違反しており、企業秩序を侵害するものです。このような企業秩序の侵害行為があり、かつ就業規則や労働協約で経歴詐称を懲戒事由と定めていれば、会社は労働者に対して懲戒処分を行うことができます。
2 経歴の詐称が懲戒事由に当たるというためには、詐称の事実が「重要な経歴」であることが必要です。「重要な経歴」とは社員の採否の決定や労働条件の決定に影響を及ぼすような経歴であり、偽られた経歴について、通常の会社が正しい認識を有していれば雇用契約を締結しなかったであろう経歴を意味します(日本鋼管鶴見造船所事件・東京高判昭56.11.25・労判377-30)。
具体例としては、学歴、職歴、犯罪歴、病歴等がこれに該当しますが、労働者の職種などに応じて具体的に判断されます。
学歴については、労働力評価と企業秩序に関するので、最終学歴が特に重要です。最終学歴を実際より高く詐称する場合も低く詐称する場合も懲戒事由に該当する場合があります。裁判例では、高校退学のはずが高校卒業と詐称した事案(正興産業事件・浦和地川越支決平6.11.10・労判666-28)、高校卒業以下に限定して採用していた企業に大学中退を秘匿して高卒と詐称した事案(上述、炭研精工事件、日本鋼管鶴見造船所事件)では解雇が有効とされました。
他方、学歴詐称は「重要な経歴」の詐称に該当するとしながら、採用条件において「学歴不問」とし学歴の扱いが不明確であり、港湾作業という職務内容から学歴は二次的なものであるとして、学歴詐称は信義則違反であるが、それだけを理由に解雇することは妥当でないとした事案(三愛作業事件・名古屋高決昭55.12.4・労民31-6-1172)、使用者が高卒以上の者しか採用しないという採用条件を採っていたと評価できる事情があるが、高卒未満の学歴の者を採用した実績があることから、「重要な経歴」の詐称に当たらないとした事案(近藤化学工業事件・大阪地決平6.9.16・労判662-67)があります。
職歴については、採否の判断に重要な影響を及ぼす場合には、懲戒事由となることがあります。
相銀住宅ローン事件(東京地決昭60.10.7・労判463-68)では、大学入学の事実と警察官としての勤務期間の詐称について、住宅金融会社の窓口担当で融資決定のための調査を直接担当する審査役の職務には職務能力面に加え人物としての信頼性も要求されること、会社が大学入学の事実を能力評価の目安とし、警察官としての勤務期間の長さを信頼性評価の基礎として採用したことから、「重要な経歴」の詐称であるとして懲戒解雇が有効とされました。
都島自動車商会事件(大阪地決昭和62.2.13・労判497-133)では、タクシー乗務員を採用するにあたって未経験者のみを募集していたところ、長年タクシー乗務員をしていた経歴を秘していたことについて、会社がその事実を把握していれば過去の勤務の事実を調査し、当該乗務員の能力・成績等を判断し採否決定の資料とできたこと、採用後の指導監督もタクシー乗務員としての経験の有無により異なった可能性があることから、「重要な経歴」の詐称として、懲戒解雇が有効とされました。
犯罪歴については、刑の消滅した前科に関しては、社員の評価に重要な影響を及ぼす特別な場合を除き、正しく回答しなかった場合しか懲戒解雇できないとしている判例があるので注意する必要があります(マルヤマタクシー事件・仙台地判昭和60.9.19・労判459-40)。
3 採用時に「重要な経歴」の詐称があり、懲戒事由に当たる場合でも、採用から長期間勤務を継続してから経歴詐称が発覚した場合に、懲戒解雇が無効とされた事案と有効とした事案があるので注意が必要です。無効とした事案としては東光電気事件(東京地決昭30.3.31・判時50-17)があります。有効とした事案としては、硬化クローム工業事件(東京高判昭和61.5.28労判483-21)、炭研精工事件(上述)、正興産業事件(上述)があります。
4 問題社員への対応としては、まずは社員に対して履歴書記載事実や面接時の応答が事実と違っていたことを説明し、そのこと自体が雇用関係に重大な支障を来すことにつき説明します。
社員からは詐称した理由を聴取し、説明に合理的な理由がない場合にはまずは自主退職を促すのが好ましいといえます。なぜなら、懲戒解雇は社員に大きな不利益をもたらすところ、処分の有効性を巡って紛争に発展する可能性が大きいからです。期間を定めて退職願の提出を勧告し、提出があれば依願退職扱いとし、提出がなければ解雇扱いとする方法も考えられます。
自主退職を促したにも関わらず、社員がこれに応じない場合には、解雇や懲戒解雇を検討していきます。
経歴詐称の問題の予防の対策としては、まずは採用活動において募集条件、採用方針の明確化を行いましょう。募集に際して、学歴を不問としていると学歴詐称を理由とする懲戒解雇が認められない場合があります。
したがって、特定の職種につき学歴を重視する場合は、雇い入れ時にその旨を明確化しておきましょう。
また、募集・採用条件を定めていても、実際に当該条件に満たない者を原則として採用しない方針であるといえなければ、当該条件に関する経歴詐称を理由として懲戒解雇をすることが認められないこともあります。普段から、募集・採用条件と実際の採用が一致する運用を積み重ねることが重要です。
採用活動にあたっては、履歴書の記載事項を丹念に読み込み、経歴の齟齬や、不自然な点がないかを確認し、疑問点、不審な点があれば採用面接時に事実の真偽を確認しましょう。
5 本件ではどうすべきでしょうか。まずはA、Bと面談の機会を設け、実際の経歴と経歴書の記載や面接時の申告が異なる事実を指摘し、雇用関係に支障をきたす旨説明します。
本件では、経歴詐称自体が明らかです。ただし、経歴詐称を理由として懲戒処分を行うには「重要な経歴」の詐称であることが必要であるので、その検討を行う必要があります。
新卒者Aについては学歴と賞罰に関する詐称があります。会社が高校卒業以下に限定して採用していたという場合には採否決定に関して重要な経歴といえるでしょう。刑事裁判の保釈中である事実を秘した点については、会社として賞罰を採否活動においてどれだけ重く評価しているかにより、「重要な経歴」といえるかが決まります。保釈中の場合、刑事裁判については未だ結論が出ておらず、刑罰が科されるおそれもあるので、Aが労務提供を行えなくなる可能性もあり、採否に関して重要な事実と言えるでしょう。
中途採用のBについては、職歴の詐称があります。中途採用者の採用では能力・経験を重視するのが一般的にいえ、本件X社が金属加工の事業を行う会社なのでBが金属加工の業務経験があると詐称したことは、採否決定に関する重要な経歴といえます。
A、Bに対しては懲戒解雇とするか、または慎重な対応として、退職願の提出を勧告し、提出があれば依願退職扱いとし、提出がなければ解雇扱いとする方法が考えられます。
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