採用内定取り消し
Q X社では例年通りの採用活動を行い、十数名に新規採用の内定を出した。しかし、折からの不況に加えて自然災害によって市況が悪化してしまい、既存社員の希望退職も検討に入る状況となった。
今年度の内定者は例年と比較して全般的に評価が悪く、入社前研修に参加しない者までいる。
このような状況の中、無理して本採用をすることは望ましくないので、内定を取り消すことはできないか。
A 1 まず、採用内定の法的な性質は、始期付、解約権留保付の労働契約と考えられています(大日本印刷事件・最判昭54.7.20・労判323-19)。
「始期付」とは、効力始期付か、就労始期付かのいずれかをいいます。効力始期付であれば、定めた特定の日付(始期)までは労働契約の効力は生じません。就労始期付であれば、内定日から契約の効力が発生し、会社と内定者双方に就労に関する事項以外の労働契約上の権利義務が生じます。
つまり、就労開始時期については特別の定めがあり、契約自体は即日効力を生じるということです。効力始期付か就労始期付かは、契約解釈の問題であり、明示的に定めていない場合には当事者の意思解釈により判断します。
「解約権留保付」とは、いったん契約は成立させるものの、解約事由があれば当事者が任意に解約できる権利を留保する同意のある契約をいいます。
採用内定を取り消すことができるかは、始期付解約権留保付労働契約の性質から考えていく必要があります。内定取り消しはいったん成立した労働契約を使用者から一方的に解消させるという点で解雇と同様に考えられます。したがって、採用内定するには、留保解約権の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上の相当性が是認できることが要件となります(大日本印刷事件・上述、電電公社近畿電通局事件・最判昭55.5.30・労判342-16)。
具体的な場合として考えられるのは、病気やけがで正常な勤務が出来なくなった場合、内定時に内定者が申告していた経歴の重要部分に虚偽があることが判明した場合、内定を出した当時には予測できなかった経済環境悪化により既存社員の人員削減の必要が生じた場合等です。
ただし、経営悪化による内定取り消しは、会社側の事情によるものであるので、整理解雇同様の労働者保護の要請が生じ、①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性(解雇回避努力を尽くしたか)、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性の四要素から客観的に合理的理由と社会通念上の相当性の有無を検討していきます(参考:インフォミックス事件・東京地決平9.10.31・労判726-37)。
2 内定取り消しが無効とされた場合には、会社は内定者に毎月の給与の相当額の支払い、及び債務不履行又は不法行為による損害賠償の責任を負うこととなります。また、内定取り消しが有効とされても、会社が手続きにおいて信義則上要求される説明を怠った場合には、損害賠償責任を追及されることがあります(パソナ・ヨドバシカメラ事件・大阪地判平16.6.9・労判878-20)。
会社による内定取り消しとは逆に、内定者からの内定辞退については、2週間の予告を置く限り自由に認められています(民法627条の解約権)。ただし、内定辞退の態様があまりにも信義則に反する態様でなされた場合には会社から契約責任や不法行為責任を請求できる場合もあります。
3 内定取り消しを行う場合の具体的な対応としては、まず取消しの理由を十分に説明することと内定者からの質問には誠実に回答することが重要です。内定者を別の職種で採用することが可能な場合には、職種変更を打診します。また、相当の補償の支払いも可能であれば検討しましょう。
内定取り消しが決定した場合には速やかに内定者に書面等による通知をし、後日紛争が予想される場合には配達証明付きの内容証明郵便によって送付し、通知文書・配達証明は保管しましょう。
事前の対応としては、内定取り消しを見越して、解約権行使事由を合理的な範囲内で、できる限り幅広く具体的な記載をしておくことによって、内定取り消しの必要がある場合に備えます。
また、内定取り消し自体の予防のためには採用基準を厳格化することも重要となります。
4 本件ではどうすべきでしょうか。本件のような経営悪化による内定取り消しは、会社側の事情によるものなので、①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性(解雇回避努力を尽くしたか)、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性の四要素から客観的に合理的理由と社会通念上の相当性の有無を検討していきます。
不況、及び自然災害による市況の悪化によって、経営が悪化しているので、余剰人員のある事業、採算のとれない事業については①人員削減の必要性が認められます。②③については、希望退職を検討していること、一般に新規採用者より経験ある既存社員の雇用を優先することは合理的といえることから、認められるでしょう。④については、内定者が被る不利益、これからの就職の困難性などを考慮したうえで、適切な対応・補償を行っていれば手続きの妥当性が認められるでしょう。
(内定取り消し通知書の例)
内定取り消しのお知らせ 住所 〇年〇月〇日 拝啓 貴殿時下益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。 敬具 |
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