よりくわしく:使用者の指導・命令が問題となった事例

(1)上司の言動が問題となった事例

〇東芝府中工場事件 東京地八王子支部判平2.2.1 

・事案の概要

Y1会社の従業員であるXが①上司であるY2の言動により人格権を侵害されたとして、Y1及びY2 に対し、不法行為に基づく損害賠償請求により慰謝料を求め、②Y1に対しY2 の言動からXが欠勤を余儀なくされたとして、欠勤期間中の賃金の支払いを求めた。

・判決のポイント

会社における上司の部下に対する指導・監督の権限を認めた上で、その権限の範囲を逸脱した行為は裁量権の濫用として違法となるとしました。

結果として、Xの請求を一部認容し、①については、Y1、Y2各自に慰謝料15万円の支払いを、②については、Y1に賃金約5万5000円の支払いを命じました。

 

・判旨

(①について)
まず、上司Y2の行為の違法性について判断しました。Y2のY1における製造長としての権限につき、「その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすることは勿論、時に応じて始末書等の作成を求めること」はそれ自体は違法性を有さないとしました。

 

もっとも、「製造長の行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべき」としています。そして、上司が部下を他の従業員と別異に扱うことについては、「個々の従業員の個性、能力等に応じて、適切な指導監督を行うべきであるから、ある従業員に対して他の従業員と別異に取り扱うことがあるのは当然である」としつつ、「別異に取り扱うことが合理性のない場合には、別異の取り扱いは違法性をもつ」としました。

 

本件では、Y2がXの休暇をとる際の電話のかけ方という軽微な点について執拗に反省書等を作成するよう求めたり、後片付け行為の再現をするよう求めたりした行為について、Y2の指導に対するXの誠意の感じられない対応に誘引された苛立ちに起因するとしてY2の心情に酌むべき点もあるとしたものの、事柄が個人の意思の事由にかかわりを有することであるので、製造長の指導監督権の行使として、裁量を逸脱し違法性を帯びるとしました。

 

次に、Xの被った精神的損害に対するY1会社の責任について判断されました。Xの心因反応が上記Y2の違法な行為に原因があることから、Y2及びY2の使用者であるY1はこれによりXが被った損害を賠償すべき義務があるとしました。そして、Y1らの責任を考慮するにあたってはX側の事情も斟酌すべきであるとし、Xが労働者として仕事に対して真摯な態度をとらず、これに対するY2の叱責にも真面目な対応をせず不誠実であったことから、Y2の過度の叱責、執拗な追及をXが自ら招いたことは否定できないとして、慰謝料は15万円が相当と判断しました。

 

(②について)

XがY2から過度の叱責を受けた精神的負担から欠勤せざるを得なかったとして、Y1に欠勤時の賃金を求めたことの当否が問題となりました。Xの心因反応の直接の原因がY2の叱責と反省書の要求であり、これらの言動が製造長の裁量の範囲を逸脱する違法なものであること、この違法な行為はY2がY1の社員として部下であるXへの指揮監督を行うためになされたものであることから、結局Xの欠勤はY1の責に帰すべき事由であると判断しました。その結果、Xは当該欠勤についてY1に対する賃金請求権を失わないとしました。

 

〇クレジット債権管理組合等事件 福岡地判平3.2.13

・事案の概要

Y1組合において設立者のY2が前所長Aの横領事件に関し、Xらに対し関与を疑う言葉を全従業員の前で告げた。Y3会社(Y1より業務執行の委任を受けた会社)から、上記事件関与への疑いから、Xらに対して自宅待機命令、出所命令等がなされた。XらがY2に名誉棄損され、またY3の業務命令で退職を余儀なくされたとして、不法行為による損害賠償を求めた事案。

・判決のポイント

犯罪や懲戒事由に該当することが疑われる者に対してなされた業務命令について、疑い自体にさしたる根拠がない場合には、この疑いを前提とする上司の言動や業務命令は不法行為に該当し、または違法であるとしました。Y2の言動については名誉棄損にあたり、慰謝料はXらそれぞれに30万円としました。

 

Y3については違法な業務命令で退職に追い込んだことから、慰謝料はXらそれぞれに100万円としました。Y1との関係では、業務執行者Y3の違法な業務命令による退職なので、退職金が生じない「自己都合退職」とはいえず、「会社都合による解雇」であるとして、退職金の支払いを命じました。

 

・判旨

「XらがAの横領行為に関与していたことないしこれを疑わせるような事実を認めるに足りる証拠はない。Y2が多数人の面前で、Xらだけを、それぞれ直接名指しし、断定的な表現で、『お前やっただろう。』等と言った行為は、さしたる根拠もないのに憶測に基づき、Xらの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損した違法な行為で、不法行為を構成することは明らかである。」

 

「認定事実によれば、本件自宅待機命令は、Y3代表取締役Cが、さしたる根拠もないのに憶測に基づき、XらがAらの犯罪に加功していると疑い、Xらの証拠湮滅工作を防止する目的で発したものであり、それにしても、Xらのみに限定して本件自宅待機命令を発する合理的な理由は見出し難いし、Aらの金員横領行為は、計画的なものであって、Xらを含む他の職員がAらの行為に気付かなかったことも無理からぬ面があることを併せ考えると、本件自宅待機命令は、Y組合の業務執行者であるY3がその業務命令権を濫用して発した違法なものである・・・。」

 

「Xらが、Y1の業務執行者であるY1の本件自宅待機命令等の一連の違法な業務命令によって、退職を余儀なくされたのであることは、すでに認定したところ、右によれば、Xらの退職は、自己都合による退職とはいえず、Y1にはやむを得ない業務上の都合による解雇と同視すべき帰責原因があるというべきであるから、会社都合による解雇に相当する退職金を支給するのが相当である。」

〇関連裁判例

・三井住友海上火災保険上司(損害賠償)事件(第1審) 東京地判平16.12.1、(控訴審)東京高判平17.4.20

上司がXを名指しした上「やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。」というメールを職場の十数人の従業員に一斉送信した事案で、Xが名誉棄損またはパワハラによる不法行為として、100万円の慰謝料を求めました。控訴審は、メールの目的が上司による指導・叱咤激励として正当なものだとしても、その表現が許容限度を超え、著しく相当性を欠くとして、不法行為となるとしました。不法行為としての評価は、表現がXに対する侮蔑的言辞であり名誉棄損にあたるとし、目的が業務上の叱咤督促であることからパワーハラスメントの意図は認められないとしました。慰謝料はXの請求が100万円であったところ、控訴審では5万円を限度に認めました。

 

・JR東日本(本荘保線区)事件(控訴審) 仙台高秋田支部判平4.12.25、(上告審)最二小判平8.2.23 

従業員Xが国鉄労働組合のベルトを着用して、作業に従事していたところ、上司が当該ベルトの取り外しを命じ、さらに就業規則の全文書き写し等の教育訓練を命じた事案です。裁判所は、会社及び上司には部下に対する教育訓練を行う裁量権があるとしつつも、本件教育訓練は合理性を欠き、就業規則の学習というより、見せしめを兼ねた懲罰的な目的から出たものとと推認され、目的及び態様の両面から不当であって、Xに故なく精神的・肉体的苦痛を与えて人格権を侵害する不法行為である、としました。上司には民法709条、会社には民法715条による不法行為責任が生じるとして、Xの被った精神的損害の慰謝料を20万円とました。

 

・奈良医大アカデミックハラスメント事件(第1審)大阪地判平12.10.11、(控訴審) 大阪高判平14.1.29
県立大学において、研究室助手であったXが、同室の教授Y1から数々の嫌がらせを受けたとして、Y1に対し不法行為の損害賠償を、奈良県(Y2)に対して国家賠償法1条の損害賠償及び雇用契約上の職場環境整備の義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案です。Xが嫌がらせと主張する行為のうち、Xの私物を移動させたこと、講座研究費を出勤状況に応じて配分する決定をしたこと、他大学の公募書類をXの机上に置いたことについては、それぞれ行為に至った経緯、不合理性、差別的な扱いか等を検討したうえで、違法な嫌がらせに当たらないとしました。Y1がXの兼業申請に押印しなかったことについては、Xが申請時には提出できない書類であるのに、その提出にこだわって押印を拒否したY1の態度については嫌がらせの要素があると推認できるとしました。そして、Y1の行為がY2の国家賠償責任を基礎づけるには、Y1の行為が公権力を行使する職務上の行為でなければならないところ、兼業の承認行為は公権力を行使するY1の職務上の行為であるとして、Y2の国家賠償法上の賠償責任を認めました。

 

・西谷商事事件 東京地決平11.11.12

会社の従業員である者が会社から名誉・人格侵害、暴行を受けているとして、人格権に基づく差止めを求めた事案です。
裁判所は、最高裁判例(最大判昭61.6.1)が生命、身体、名誉を内容とする人格権に基づく差止請求を認めていることを挙げた上、「生命、身体、又は名誉といった人格的利益以外の人格的利益を内実とする人格権についても、その人格権の内実をなす人格的利益が生命、身体、及び名誉と同様に極めて重大な保護法益であり、その人格権が物権の場合と同様に排他性を有する権利といえる場合には、その人格権に対する侵害又は侵害のおそれのあることを理由に被害者は加害者に対し侵害行為の差し止めを求めることができる」としました。

もっとも、本件においては、会社の従業員による原告への罵倒、威嚇、監視の行為は原告の人格的利益を侵害するに至っていないとして、差し止めを認めませんでした。また、暴行行為については今後行われるおそれがないとして、差し止めが認められませんでした。

 

 

(2)私的事項への介入が問題となった事例

〇関西電力事件(上告審) 最三小判平7.9.5

・事案の概要 

Yの従業員であったXらについて、共産党員又はその同調者であるとして、Yが職制を通じてXらを職場の内外を通じて継続的に監視する態勢を設け、他の従業員に対してXらの思想を非難してXらと接触・交際しないように働きかける等、Xらを職場で孤立化させるようにした。さらに、Xらを尾行したり、Xらのロッカーのを無断で開けて私物の写真撮影をした。XらはYの各行為が不法行為に当たるとして、慰謝料の賠償などを請求した。

・判決のポイント 

従業員に現実に企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがないにもかかわらず、従業員のプライバシー、名誉などの人格権を損なう行為をすることは不法行為に当たるとしました。

 

・判旨

「Yは、Xらにおいて現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、Xらが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制を通じて、・・・監視・・・Xらとの接触、交際をしないよう他の従業員に働きかけ、・・・Xらを職場で孤立させ・・・尾行したりし、・・・ロッカーを無断で開けて私物・・・を写真に撮影したりしたというのである。」「これらの行為は、Xらの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものであり、また、X2らに対する行為はそのプライバシーを侵害するものであって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これらの一連の行為がYの会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれYの各Xらに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。」

 

〇関連裁判例

・ダイエー事件 横浜地判平2.5.29

Y1社従業員のXが取引先の部長と私的に賃貸借関係にあり、賃借物の明渡について問題が生じていました。当該部長のY1社専務への働きかけに基づき、当該専務の意をくんだXの上司が人事権、考課権を利用して、Xに明け渡しをするよう強要し、これに応じないXに対して不当な人事考課、配転命令を行ったとして、Xが本来得られたはずの賃金についての損害賠償及び慰謝料を請求した事案です。裁判所は、従業員の私生活上の問題について、上司が一定の助言、忠告、説得することも一概に許されないものではないが、上司として許された説得の範囲を超えて行った場合には、部下の自己決定権を侵害するものとして、不法行為となるとしました。

 

 

(3)従業員の待遇が問題となった事例

〇松陰学園事件(第1審) 東京地判平4.6.11、(控訴審) 東京高判平5.11.12

・事案の概要

Yの設置する高等学校において、教諭Xが、Yから従前の担当授業・担任その他の校務分掌である一切の仕事から外され、仕事を与えられないまま4年6か月間他の教職員から隔離され、さらに7年近くの長期間にわたり自宅研修させられ、年度末一時金の支給停止、賃金の据え置き等の差別的取扱いを受けたとして、不法行為に基づく慰謝料請求をした事案。


・判決のポイント

Yが10年以上の長期にわたって、教諭に対して仕事を与えず、勤務時間中一定場所にいるように強制し、隔離による見せしめ的処遇をしたとし、その理由もXが組合活動家であるというような不当な動機・目的によるもので、このようなYの取り扱いは不法行為に当たるとされました。1審が400万円の慰謝料を認め、さらに控訴審ではXの被った不利益が重大であるとして600万円に増額されました。

 

・判旨

「YがXに対し、仕事外し、職員室内隔離、第三職員室隔離、自宅研修という過酷な処遇を行い、さらに、賃金等の差別をしてきた原因については、Xが二度にわたって産休をとったこと及びその後の態度が気にくわないという多分に感情的な校長の嫌悪感に端を発し、その後些細なことについて行き違いから、Y側が感情に走った言動に出て、執拗とも思える程始末書の提出をXに要求し続け、これにXが応じなかったため依怙地になったこにあると認められるのであって、・・・この行為は、業務命令権の濫用として違法、無効であることは明らかであって、Yの責任は極めて重大である。」

 

「そして、Xに対するYの措置は、見せしめ的ともいえるほどに次々にエスカレートし、13年間の長きにわたってXの職務を一切奪ったうえ、その間に職場復帰のための機会等も与えずに放置し、しかも、今後も職場復帰も解雇も全く考えておらず、このままの状態で退職を待つという態度に終始しているのであって、見方によっては懲戒解雇以上に過酷な処遇と言わざるを得ない。・・・このようなYの行為により、・・・Xの被った精神的苦痛は誠に甚大であると認められる。」

 

〇ネスレ配転拒否事件 神戸地判平6.11.4

・事案の概要

Y社の労働組合である第1組合所属の従業員X1、X2に対する配転命令とこれに関しての扱いが問題となった事案。X1は、自身が腰痛であり、配転先の営業業務が腰痛に障ることを知りながらYが配転命令をしたとして、X2は配転命令を拒否したためにYから嫌がらせを受けて配転に応じざるを得ない状況にされたとして、それぞれ①配転命令に基づく勤務をする義務のないことの確認、及び②不法行為による損害賠償請求権に基づく慰謝料の請求を求めた。

・判決のポイント
配転命令の有効性については、業務上の必要性の有無や、X1、X2が配転により受ける不利益の程度を具体的に評価・判断し、X1、X2いずれに対する命令も有効としました。

不法行為については、Yによる人格権侵害があったか問題となるところ、X1に対する配転命令については、Yが過酷な業務を強要しているとはいえないとして、人格権侵害とまでいえず不法行為とは認められませんでした。X2の配転拒否後の扱いについては、仕事の取り上げや、上司の嫌味、席の隔離等の行為は配転の意向打診・説得の範囲を超えて行われた社会通念上許容できない不法行為に当たるとしました。

結果として、裁判所の判断は一部認容で、X2に対する慰謝料60万円を認めました。

 

・判旨

ア X1について

(ア)配転命令の有効性

配転命令の有効性について、まず、現在の職場でX1を減員しても業務上問題ないこと、配転先において1名の営業職の欠員があり補充の必要性があり、X1が営業経験があり候補者となる2名のうちの一人であること、YがX1が腰痛と知りつつあえて配転を命じたという認める証拠はないことから、業務上の必要性があったと認めました。

不利益の程度については、配転先への通勤時間(片道2時間程)も許容範囲で、営業業務も電車で行ける店舗の担当で腰痛を悪化させるほど過酷なものでもないとして、配転命令を無効足らしめるほどの負担とはいえないとしました。

 

(イ)不法行為の成否

ここでは苦痛を伴う労働の強要があったか否かか争われました。裁判所はX1の配転先での業務について、X1のように長期間にわたり電車での営業を行うのはYにおいて極めて例外的で、担当店舗の割り当て数が他の社員に比較して少なく、業績もおのずと低くなっていると評価しました。しかし、例外的な電車での営業が続いたのは、配転命令後にXが腰痛を申出て通常の自動車での営業ができなくなったためであり、Yが意図的にX1を過酷な業務に従事させているとはいえないとしました。

また、X1の腰痛の具合について、当初から自動車の運転ができない程度にとどまっていた上、通院により改善し、現在は日常生活に支障ない程度に回復しているので、配転先の業務が腰痛を悪化させるようなものとは認められないと評価しました。

以上から、本件配転については苦痛を伴う労働の強要でX1の人格権を侵害するとはいえず、不法行為には当たらないと判断しました。

 

イ X2について

(ア)配転命令の有効性

X2の配転命令当時の職場である資材課に1名の余剰人員が生じていたこと、配転先の出張所に女性事務員1名を必要とする事情があったこと、資材課の女性従業員2名のうち、X2の方が出張者から自宅が近く、徒歩通勤も可能であったのでX2が配転対象者となったことから、X2の配転命令の業務上の必要性が認められるとしました。

 

(イ)不法行為の成否

問題となったのは、配転の打診を拒否したX2に対して、①係長が従前どおりの仕事を与えず、他の社員にもX2に仕事を頼むことを禁じた上、実際に他の社員がX2に仕事を頼みに来たり、話しかけたりしたときにも仕事を取り上げ、「X2には仕事の話はないはずだ」と言い、話もさせないようにした「仕事の取り上げ行為」と、②部長や係長が、ことあるごとに、「会社のノートを使うな。」、「みんな仕事しているんやからトイレ以外はうろうろするな。」「今週はいったい何をするのや。」などという嫌味をいい、X2が従前していた電話対応についても口をはさみ電話自体を取り外したうえ、X2の席を他の社員から隔離して課長の席の前に移すなどした「嫌がらせ行為」です。

 

裁判所は、一般論として、配転命令に際して使用者が労働者と話し合いの機会を設け、意向の打診や説得を試みることは自体は適法で、社会通念上妥当な範囲である限り不法行為には当たらないとしました。また、使用者が業務上の必要性等の正当な理由に基づき一時的に業務の指示をしない措置をとることも信義則上の合理的な範囲に留まる限りで使用者の裁量の範囲内の行為で適法としました。

 

他方で、「労働者が配転の必要性に理解を示さないからといって、翻意を促すための手段として、使用者において、労働者に対し、意向打診、説得の範囲を超えて、嫌がらせ等の行為をすることは許されるものではなく、また労働者は、労働契約上の地位に基づき、勤労を通じ自己を実現していく権利を有することも論を待たないところであるから、業務の指示をしない措置が、不法な動機に基づき又は相当な理由もなく、雇用関係の継続に疑問を差し挟ませる程度に長期にわたる場合等、信義則に照らし合理的な裁量を逸脱したものと認められる場合は、違法性を帯び、不法行為を構成するものと解される。」として、Yの「仕事の取り上げ行為」、「嫌がらせ行為」がこれに該当するかを検討しました。

 

X2所属の組合がX2の配転及びこれに関わるYの措置について、抗議、団体交渉申入れをしたにもかかわらずYがこれを無視したこと、X2が「仕事の取り上げ行為」、「嫌がらせ行為」の差止めを求める仮処分の申立をした後にもこれらの措置を継続したことから、Yの「仕事の取り上げ行為」、「嫌がらせ行為」は、配転に応じないX2に精神的苦痛を与えることを目的とした措置であるというべきで、意向打診・説得の域を逸脱した社会通念上許容しがたいものであるとして、不法行為に該当するとしました。

 

〇関連裁判例

・エフピコ事件(第1審) 水戸地判下妻支部判平11.6.15、(控訴審) 東京高判平12.5.24
会社の不当な転勤命令によって退職を強要されたとして、労働者が債務不履行ないし不法行為に基づき、勤務を継続しえた向こう1年間の賃金や慰謝料、会社都合退職金との差額の損害賠償を求めた事案です。1審裁判所は、問題となる労働者について現地工場採用であり、契約上勤務地限定があるので、会社就業規則に定める転勤義務は認められないとしました。

そして、会社が転勤義務がないのにそれがあるかのように申しむけて、労働者を誤診させ、退職せざるを得ないように追い込んだことについて、債務不履行ないし不法行為が成立するとしました。

 

他方で控訴審では、反対に契約上の勤務地限定はなかったと評価しました。そして、就業規則上に転勤義務を定める条項があり労働者がこれを承知したうえで勤務してきたとし、経営合理化の為に転勤させる必要がある旨説明をしていたこと等の事情から会社が転勤させようとしたことは人事権の行使として違法ないし不当とはいえないとしました。結果として、控訴審では、債務不履行、不法行為のいずれも認められず、原告労働者の敗訴、被告会社の勝訴となりました。

 

・JR西日本吹田工場(踏切確認作業)事件(控訴審) 大阪高判平15.3.27

肉体的・精神的に過酷な合理性を欠く作業の指示を受けたとして、会社や上司に不法行為による損害賠償請求権に基づく慰謝料の支払いを求めた事案です。事実関係は、工場内踏切の横断に関して、注意した管理職のYと作業員らでトラブルが生じ、その後に当該作業員に対して真夏の野外における長時間の定点監視の作業(本件作業)が命じられたというものです。

 

裁判所は、本件作業の指示が管理職Yの私怨を晴らす目的でなされたという主張については、作業の人選については多数の者が関与するものでありYの独断ではないこと、作業自体は他の者がすることも予定されたもので、Xらの人選が合理性を欠くともいえないこと、踏切横断の安全確保の必要があり本件作業が有効であると認められることから、その主張は認められないとしました。

 

もっとも、真夏の炎天下での長時間の作業であるところ、1時間に5分の休憩があり、作業が半日で終わる日もあり、随時のトイレ等も認められていたとしても、肉体的、精神的に過酷なもので、労働者の健康に対する配慮を欠いたものとしました。

 

そして、従前行われていた同様の作業とは時間の長さ等の点で内容が異なるものであること、作業に関して上部への報告がなされるべきなのになされていなかったことから、本件作業は「肉体的・精神的に過酷であるのみならず、合理性を欠き、使用者の裁量権を逸脱する違法なもの」であるとしました。本件作業に関する慰謝料は一人当たり15万円と評価しました。

 

・トナミ運輸事件 富山地判平17.2.23 

大手貨物運送会社のYの従業員Xが、Yが他の運送会社と認可運賃枠内での最高運賃収受や荷主移動禁止を内容とするカルテルを締結しているなどの内部告発をしたところ、Yから昇格差別や不当な移動命令をなされたとして、債務不履行または不法行為に基づき、慰謝料や賃金格差相当の損害賠償金の支払い等を求めた事案です(合計5400万円の請求)。

 

内部告発自体については、告発に係る事実の真実性、告発内容・動機の公益性、方法の相当性等の事情の総合考慮から、Xの告発は正当な内部告発で法的な保護に値するとしました。そして、「人事権の行使において法的保護に値する内部告発を理由に不利益に取り扱うことは、配置、異動、担当職務の決定及び人事考課、昇格等の本来の趣旨目的から外れるものであって、公序良俗に反するものである」として、YがXの内部告発を理由に、異動により個室におき雑務しか与えなかったうえ、昇格を停止させ賃金格差を生じさせたことについて不法行為に当たるとしました。

 

また、正当な内部告発を理由とする不利益な人事、差別的な処遇を行うことは使用者が負う信義上の義務に違反し、債務不履行にもなるとしました。

 

結論として裁判所は、会社に慰謝料200万円、差別的扱いがなければ得られたであろう賃金の損害として約1047万円、弁護士費用110万円の支払いを命じました。

 

 

(4)指導・教育と精神疾患・自殺の関係が問題となった事例

〇JR西日本尼崎電車区事件(控訴審) 大阪高判平18.11.24

・事案の概要

Y1社従業員Aの自殺について、Aの父Xが自殺の原因はY社の日勤教育によりAがうつ病を発症したからであるとして、Y1社に対しては雇用契約上の安全配慮義務に違反したとして民法715条1校及び415条に基づき、上司Y2、Y3、Y4対しては民法709条に基づき損害賠償を請求した事案。


・判例のポイント

遺族が子どもAの自殺について責任を追及するには自殺の原因が会社の行為にあるという因果関係が必要です。因果関係については、法的には社会通念を基準とした相当因果関係が認められる必要があるとされます。指導や教育行為は通常であれば自殺をもたらすものではないと考えられるので、指導・教育行為から生じる自殺は特別損害として、行為者が行為時に自殺に至る特別な事情を予見出来た場合にのみ相当因果関係が認められることになります。本判決では、予見可能性が争われ、裁判所は予見可能性は認められないとして原告Xの主張を退けました。

 

・判旨

日勤教育自体の相当性について、輸送の安全性確保というY1の理念の徹底を図る方策として、日勤教育は妥当な方法であるとし、日勤教育の内容や実施方法について問題点があることは否定できないが、安全確保に関する再教育という目的にかんがみ総合的には相当なものとしました。また、Aが教育対象とされたことについてもAが業務上重大な事故につながりかねない過ちをしており、Aに日勤教育を命じたことは管理者として相当の措置としました。

 

最大の争点である日勤教育と自殺の因果関係については、まず、日勤教育の指定を受けたことを契機としてAが不安感を抱くようになったとし、さらに日勤教育の中での試験やレポートを通じて持続的なストレスが生じて、うつ状態となり、発作的な自殺に至ったことが推認されるとして、日勤教育とAの自殺との間に事実的因果関係は否定できないとしました。

 

もっとも、このような条件的因果関係(あれなければこれなしの関係)が認められるとしても、法律上の因果関係があるというには、相当因果関係が認められる必要があるとしました。Y1において日勤教育を行うことに意義と必要性があること、Aに日勤教育を指定したことに相当性があるところ、このような場合に使用者が被用者に指導・教育を行ったことにより、あるいは指導教育方法の誤り等で被用者を精神的に追い詰め、精神状態を悪化させたことが事実として認められるとしても、その精神状態の悪化から自殺までに至るということは極めて特異な出来事というべきであって通常生ずべき結果ではない、としました。

 

本件Aついては、「Aに対する日勤教育を命ずるに至った経緯、日勤教育の内容及び方法、1日当たりの日勤教育の時間及び日勤教育が行われた期間などを考慮すると、日勤教育の指定ないし実施とAの自殺との間に法律上の因果関係があるというためには、Y2、Y3、Y4又はB助役あるいはY1において、日勤教育を命じ、これを受けさせたことによってAが精神状態を悪化させ、その結果自殺したという結果について予見可能であったことを要するというべきである。」としています。

 

そして、本件において、Aの健康・性格・行動傾向からは日勤教育により形成された苦悩の凝縮が見られるが、死に直結する苦悩の醸成の原因を日勤教育一般に随伴する問題に解消できないこと、本件Aへの日勤教育も他の運転士の場合と異なる肉体的・精神的負荷を課すものではないことから、Aが過度の不安を抱き、レポートに虚偽の記載をしたり基本知識のテストに十分答えられず自信を喪失したことで思いつめた結果のうつ状態が引き金となって自己の人格の全否定につながったものと推認するのが相当であるとしました。

 

日勤教育で中心となったレポート作成作業については、運転士には慣れない作業であるが、物事を極め、深い問題意識を啓発し、その見方、判断を整理するという教育的効果を発揮するものなので、これを積極的にとらえるY2、Y3、Y4ら日勤担当者らが、Aが3日間の教育課程で、それに十分な対応ができなかったからとて、それが死という極端を選択するまでの受け取り方をするという心理展開の予測可能性はなかったというほかない」として、結果として、日勤教育とA自殺の相当因果関係は認められないとしました。

 

〇関連裁判例

・トヨタ自動車ほか事件 名古屋地判平20.10.30 

Y1の従業員であるXが、Y2への長期出張中にうつ病に発症したこと(第1回うつ)、及びY1に復帰して第1回うつから回復した後のY1Y2の共同プロジェクト中にうつ病に発症したこと(第2回うつ)について、Y1Y2らがXの健康につき安全配慮義務を欠いたためにうつ病に発症して休業せざるを得なかったとして、Y1Y2に損害賠償を請求した事案です。

 

裁判所は、XがY2に出張していたときの第1回うつに関しては、XがY2内でY2の指示の下業務を遂行していたことからY2が安全配慮義務を負うことを認めました。Y1についても、Xを雇用し、Y2に出張させ、出張中のXの労働時間の管理等を行っていたことから安全配慮義務を負っているとしました。

 

そして、安全配慮義務違反の有無については、まずは「業務が、社会通念上、客観的にみて、平均的労働者にをして精神障害等の疾患を発生させるような過重なものにならないようにすれば足りる」とし、さらに「それに至らない程度の過重な業務に従事させている労働者がそのまま業務に従事させれば心身の健康を損なうことが具体的に予見されるような場合には、その危険を回避すべく、その負担を軽減するなどの業務上の配慮を行うべき義務があり、これを怠れば同義務の不履行となる」としました。そして、Xの業務の過重性とXの健康への危険の予見可能性を検討したうえでY1、Y2それぞれについて安全配慮義務違反を認めました。

 

第2回うつについては、XがY1復帰後にY1Y2で行った共同プロジェクト中については、Y2がXを指揮していたとはいえないとして、Y2には安全配慮義務自体がないとしました。Y1については安全配慮義務を認めた上で、業務の過重性と予見可能性を検討し、Y1に安全配慮義務違反はないとしました。

 

・ヨドバシカメラほか事件 東京地判平17.10.4

派遣会社の労働者に対する派遣元会社の従業員及び派遣先会社の従業員の暴行、謝罪強制が問題となった事案です。Xは派遣元及び派遣先の使用者責任、安全配慮義務違反、共同不法行為としてそれぞれ連帯しての慰謝料・逸失利益の支払いを求めました。しかし、判決では派遣元従業員によるXへの暴行・謝罪強要について、派遣先の使用者責任及び安全配慮義務違反は認めませんでした。

 

・前田道路事件 松山地判平20.7.1

従業員の自殺について、相続人が自殺の原因は上司の過剰なノルマの強要と執拗な叱責によってうつ病を発症し又は増悪させたことにあるとして、会社に主位的に不法行為に基づく損害賠償請求、予備的に安全配慮義務違反(債務不履行)による損害賠償請求を求めた事案です。

 

裁判所は上司の叱責と自殺の相当因果関係を認めた上、叱責の時点で精神障害を発症して自殺に至ることは予見できたとして、不法行為及び安全配慮義務違反を認めました。もっとも、叱責の原因が労働者の不正経理に端を発すること、不正経理を隠匿したことによる精神負荷がうつ病の発症に影響したと推認できることから、労働者側の過失割合は6割を下らないとしました。

 

・長崎・海上自衛隊自殺事件(控訴審) 福岡高判平20.8.25

海上自衛隊の隊員が護衛艦の乗艦中に自殺したことについて、両親が国の安全配慮義務違反につき、国家賠償法に基づき損害賠償を求めた事案です。大きな争点は上官である班長らの心理的負荷を与える言動が違法といえるかでした。その判断をするにあたっては、心理的負荷を過度に蓄積させるような言動は違法とし、平均的な心理的耐性を有する者を基準として客観的に判断するものとしました。

 

問題とされた2名の班長の言動につき、一方については指導の域を超える心理的負荷を過度に蓄積させるものと認め、他方は平均的な耐性を持つ者には心理的負荷を蓄積させるものでないとしました。結果として、実母と養父の精神的苦痛の慰謝料としてそれぞれ200万円、150万円の支払いを相当としました。なお、自殺原因の調査結果公表による名誉棄損の慰謝料請求、謝罪及び軍事オンブズパーソン制度の設置の請求もされていましたが、裁判所はこれらについては認めませんでした。