業務上指導とパワハラの線引き

パワハラ問題を複雑なものとしているのが、「業務上の指導とパワハラの区別が難しい」点です。

言動をする側は頑張って仕事をしてもらおうと指導しているつもりでも、言動を受けた側にとっては耐え難い苦痛であることがあるのです。

厚生労働省も、パワハラの定義の時点で


「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。」

と明言しています。

しかし、実際に判断するとなると、指導とパワハラの線引きは非常に難しいのです。

この記事では、過去にあった裁判の例を使って、指導とパワハラの線引きの考え方をお伝えします。

長崎・海上自衛隊員自殺事件

概要

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海上自衛隊員であったAさんが、護衛艦「さわぎり」に乗艦中に自殺した事件です。

Aさんは、上官から「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ。」「お前は覚えが悪いな」「バカか。お前は。三曹失格だ。」といった言葉を受けていました。

それらの上官の言葉が、Aさんに多大な心理的負荷を与えたため、自殺に至ったと考えられます。

Aさんの両親は、

〇Aさんが亡くなったことによる慰謝料の支払い

〇海上自衛隊が発表した事件調査結果の内容が不当だとする名誉棄損に基づく慰謝料の支払い

を求めましたが、死亡による慰謝料請求のみが認められました。

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この裁判例において重要なのが、

〇上官の言動は、指導の域を逸脱していたのか

〇上官の言動はいじめを目的としたものだったのか

という点です。

それぞれ、裁判所がどのような判断をしたかについてまとめます。

上官の言動は指導の域を出ていたか

まず争点となったのが、「上官の言動は指導の域を出たパワハラだったのか」という点です。

この判断に必要なのが、

〇言動の違法性を判断するには、一般人の心理的耐性(ストレス耐性)を基準に考える必要がある。

〇被害者(このケースにおけるAさん)の心理的耐性が一般人より低い場合、行為者(このケースにおける上官)はそれを知っていたのかどうか。

という考え方です。

ストレス耐性は、人によって様々です。何を言われても気にしない人もいれば、ちょっとした悪口でひどく心を痛める人もいます。

パワハラの裁判においては、被害者のストレス耐性を基準にはしません。平均的な人を基準に考えます。

しかし、被害者のストレス耐性が極端に低いことを知った上で、行為者がひどい言動をしたのであれば、違法だと判断することができます。

このケースにおいて、Aさんのストレス耐性は平均的だったと認定されています。

また、上官の言動は、一般的なストレス耐性を持った人に大きな心理的負荷をかけるため、違法であると判断されました。

本人は指導のつもりであったとしても、過度なストレスを与えるものであり、指導の域を逸脱していると認定されたのです。

いじめ目的の発言であったのか

一方で、裁判所は上官の言動を「Aさんをいじめるためのものではなかった」と判断しています。

その判断に至った理由は、海上自衛隊という特別な職場が関係しています。

Aさんが従事していた仕事は、事故が発生した場合には人命や施設に大きな損害が及ぶ可能性があります。場合によっては危険な任務につくこともあり、一刻も早く担当業務を覚えなくてはなりません。

しかし、Aさんは技術が不足している面があったり、執務中に居眠りをすることがあったりと、勤務態度は消極的でした。

そのため、上官はAさんにより頑張ってもらうために厳しく接したのです。

このような背景があったため、裁判所は「ある程度厳しい指導を行う合理的な理由はあった」と判断しました。

よって、Aさんが死亡したことに対する慰謝料請求は認められましたが、それ以外の請求については認められませんでした。

Aさんと上官の関係性を考える

また、上官の発言の中には、パワハラに当たらないとされたものもあります。

「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな」という言葉がそのなかの一つです。

この発言がパワハラ認定されなかった理由は、上官とAさんの普段の関係性にあります。

Aさんと上官の関係は良好で、Aさんは上官の家に焼酎を持って何度も訪問していました。また、上官も焼酎のお礼にとAさん一家を自宅に招待しています。

このような背景を考慮すると、上記の発言は「侮辱とも考えられるが、親しい上司と部下の間の軽口の範囲内である」と判断されたのです。

閑話:行為者と被害者の信頼関係が如実に出る

少し本題からは反れますが、パワハラと上司部下の信頼関係についてお話します。

世の中には、暴言を繰り返しても部下がなんのストレスも感じない上司もいれば、ちょっとした言葉で部下にストレスを与えてしまう上司もいます。

その違いの一因として、「信頼関係の築き方」があります。

十分な信頼関係が築かれている相手であれば、多少の悪口であっても受けるストレスは少ないです。

一方、信頼関係が築けていない相手からの言葉であれば、ちょっとしたことでも傷つきやすいです。

例えば、現在のテレビ業界にはいわゆる「毒舌キャラ」で売っているタレントが多数存在します。綾小路きみまろさんや、毒蝮三太夫さんなどはその最たる存在かと思います。

彼らは高齢者に対して「死にぞこない」「くたばれ」などの暴言を繰り返しています。

通常であれば、問題発言扱いをされてもおかしくないキツい言葉ばかりです。

しかし、だれもクレームを言わず、「死にぞこない」と呼ばれた高齢者はうれしそうにしています。

これは、言われる側である高齢者が、「これは愛のある暴言である」とわかっているから通じるのです。綾小路きみまろさんや、毒蝮三太夫さんが、自分たちの境遇をよく理解した上で茶化しているのが伝わるからこそ、文句も言わず笑っていられるのです。

パワハラの事例においては、多くの行為者(パワハラをする人)が「ストレスを与えるつもりはなかった。軽い冗談のつもりだった。」と発言しています。

多くの行為者が、十分な信頼関係が築けていると思い込み、軽い冗談のつもりで行為を行います。が、実は信頼関係が薄くパワハラだと思われてしまうケースが多いのです。

パワハラ問題が発生するということは、信頼関係不足が露呈したということでもあるのです。

指導とパワハラの線引きで重要なポイント

さきほど説明した長崎・自衛隊員自殺事件においては、非常に複雑なパワハラ判定がなされています。

それほど、パワハラと指導の線引きは難しいのです。

しかし、いくつかのポイントをおさえておけば、おおまかな線引きは可能です。

おさえておきたいポイントとは、

〇業務上明らかに必要のない行為

〇業務を達成するための手段として不適切な行為

〇業務の目的を大きく逸脱した行為

〇行為の回数、行為者(パワハラをする人)の人数等が、社会常識に照らして許容される範囲を超えている行為

です。

これらにあてはまる行為は、パワハラだと判断される確率が高いです。

「自分は指導のつもりだが、パワハラに当たると言われたらどうしよう」「社員からパワハラの相談を受けたが、これは指導の範囲内ではないのか?」など、疑問がわいたときは、これらのポイントを参考にしてみてください。