メンタルヘルス不調の労働者への対応
メンタルヘルスの不調も、労務担当者が頭を悩ませる問題なのではないでしょうか。
令和元年の厚生労働省の調査によると、全国の6.7%もの事業所で、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業した労働者がいたそうです。
さらに、5.7%の事業所では、メンタルヘルス不調を理由に退職した労働者がいたこともわかっています。
もはや、企業にとってメンタルヘルス対策は必須と言って差し支えないでしょう。
しかし、実際には担当者の知識や経験が薄く、うまく対応できないケースが増えているようです。
本記事では、実際に弊事務所が扱った事例を紹介しながら、メンタルヘルス不調の社員に対応するときのポイントについて解説します。
社員が鬱になり、業務に支障を来す行動に出た事例
弊事務所が解決した事例をご紹介します。
使用者:医療法人
相手方:Y医師(年齢75歳) 院長として、内科の診療業務だけでなく病院管理業務も任されていた。
──────<事例>──────
X病院の院長として雇用されたY医師は、内科医として診療にあたるとともに病院管理の業務にも従事していた。
しかし、当初はなかった以下のような問題行動が徐々に頻発するようになった。
・同じことばかりしゃべる
・看護師が患者さんの状態報告をしても「看護師が治療領域に口出しするな」等大声で罵倒
・インフルエンザ患者に当直医の指示で点滴を実施したところ、点滴実施に対して罵倒、机強打、カルテ投げつけ
・病院幹部に「いつもありがとう」などと言って抱きつく
・産業医の休職勧奨に対してどこも悪くないと怒鳴る
────────────────
<X病院(使用者)側の主張>
1:まず疾病か否かを明確にしたい、疾病であれば休職してもらいたい
2:患者からのクレームもあるため、退職してもらいたい
<Y医師の主張>
1:自分はどこも悪くない
2:他の医師の診察など受けるつもりはない
本件の問題点は、以下の3点であると考えられます。
① 問題行動が、加齢によるものか疾病によるものなのかが判別しづらい
② 仮に疾病が原因だとした場合に、休職させることはできるのか
③ 解雇することは可能か
それぞれの問題点について、もう少し掘り下げて説明します。
加齢による問題行動なのかどうか
まず、本事例において、労働者であるY医師は75歳と高齢です。
高齢者の雇用の場合に頻出する論点は、起こった問題行動が、加齢による認知症なのか、精神疾患によるものなのかが判断しづらい点です。
一度専門医に受診すれば、ある程度原因の特定をすることも可能でしょうが、本人が受診をすんなり受け入れなければ、話はなかなか進みません。
では、使用者から見てメンタルヘルス不調の疑いがある社員を、強制的に受診させることはできるのでしょうか
強制的に受診させられるか(受診命令の可否)
専門医への受診を拒む社員に対して、強制的に受診させられるかどうかについては、企業に就業規則があるかどうかによって対応が変わってきます。
就業規則がある場合
1:受診義務が就業規則に記載されており、内容が合理的であれば労働契約の一部となる
2:ただし使用者が指定する病院の受診を義務づけても被用者の医師選択自由を侵害しない
3:受診拒否従業員に対する懲戒処分は有効
つまり、就業規則に受診義務が記載されている場合は、受診命令を出せますし、受診を拒否する従業員に懲戒処分をすることもできます。
使用者側が受診する病院を指定して義務付けたとしても、被用者の医師選択の自由侵害にはあたりません。(最判S61033)
就業規則がない場合
1:受診命令が労使間の信義公平の観点に照らし、合理的相当な措置であるとして受診命令を命じることは可能
2:使用者が指定する病院の受診を義務付けても被用者の医師選択の自由を侵害しない
就業規則がない、あるいは就業規則に受診義務の記載がなくても、合理的な理由があれば、受診命令を出すことはできます。(東京高判S611113)
しかし、こちらも、被用者側に医師を選択する権利があることに注意してください。
疾病である場合は休職させられるか(休職命令の可否)
では仮に、問題行動の原因が疾病だった場合は、当該社員に休職させることは可能なのでしょうか。
多くの就業規則には、休職事由として「業務外の傷病による業務支障」などと規定されています。
(例)
第◯条 社員が次の各号のいずれかに該当した場合は休職を命じる。
(1)業務外の傷病により欠勤が、継続または断続を問わず増加し、日常業務に支障をきたすと判断されるとき
(2)出向等により、他の会社または組織の業務に従事するとき
(3)その他会社が特別に休職させることを必要と認めたとき
よって、メンタルヘルス不調が「業務外の傷病による業務支障」となっているのであれば、休職させることは可能です。
ただし症状が「業務支障」にあたるかどうかは、個別具体的に判断されます。
解雇することは可能か
ではメンタルヘルス不調を理由として、従業員を解雇することは可能なのでしょうか。
メンタルヘルス不調が「業務に起因する場合」は療養のための休業期間やその後30日間は解雇することができません(労基19①)。
また、解雇権濫用法理※による制限もあります。
メンタルヘルス不調による解雇は、業務遂行に重大な師匠が生じている場合に限り可能です。
しかし、メンタルヘルス不調と業務支障の因果関係や、その程度の判断はほかの傷病に比べて難しいのが現状です。慎重な見極めが必要となります。
※解雇権濫用法理とは、解雇に合理的な理由がなく、社会通念上相当でないと判断された場合は、使用者が解雇する権利を濫用したものとして無効にするという考え方です。
(解雇件濫用法理の詳細については、問題社員の解雇 の記事を参考にしてください)
ただし、就業規則に基づく休職期間が経過しても回復しない場合などは、休職期間満了により自然退職とすることは可能です。
冒頭ご説明した事例では、病状が悪化し本人を入院させ、自主退職したためここまでの問題にはなりませんでした。
もし自主退職しなかったら?(自然退職の適否)
上記で説明した事例のように、本人が自主退職すれば、大きなトラブルも起こらずにスムーズに問題解決できます。
では、本人に自主退職の意思がない場合はどのようにすれば良いのでしょうか。
先ほども説明しましたとおり、就業規則に基づく休職期間が経過しても回復しないのであれば、休職期間満了により自然退職できます。
例えば就業規則に下記のように定めることを留意してください。この記載があれば、Y医師の事例でもし自主退職が無かったとしても、自然退職という形で決着できます。
(例)
就業規則 第○条
休職期間が満了しても復職できないときは、休職期間満了の日を以て自然退職とする。
また、雇用契約内で職種が限定されていない場合は、軽易な業務への配置転換を検討することとなります。
問題社員でお困りの方は弊事務所へご相談を
メンタルヘルス不調を抱える労働者は、ここ数年増加傾向にあります。
しかし、企業側の方では正しい対処の方法や、法令的な対応方法についての知識や経験を持つ人が少ないのが現状です。
メンタルヘルス不調は、病状が人によって異なり複雑です。
また明確な原因や、業務との因果関係、現在の業務が妥当かどうかなど、あいまいで判断が難しい対応を求められることが多いのです。
少しでも、人事労務担当者の負担を減らしたいとお考えであれば、専門家に相談することをおすすめ致します。
弊事務所には、労務問題の経験豊富な弁護士が多数在籍しております。
法的に後からトラブル化しない問題社員対応について、詳しくアドバイス致します。
使用者様からのご相談は初回無料で承っています。どうぞお気軽にご連絡ください。