刑事責任について

第9 刑事責任

1.刑事責任追及の流れ

 

 

2. 送検される場合

 

① 賃金の不払いを繰り返したもの

 

② 従業員に重大、または悪質な賃金不払い残業(サービス残業)をさせたもの

 

③ 偽装請負が関係する死亡災害時の重篤な労働災害が発生した場合

 

④ 外国人労働者(外国人技能実習生を含む)について重大、または悪質な労働基準関係法令違反があった場合

 

⑤ いわゆる「労災かくし」(労働者死傷報告の不提出、虚偽報告)があった場合

 

 

3. 刑事責任の主体

労基法違反として刑事責任の主体となるのは、労基法に違反する行為をした者と事業者(会社法人または個人事業主)です。

 

大企業のような従業員が何万人といる場合には、労務管理をしている幹部の刑事責任が追及される可能性もあれば、違法な行為をさせていた直属の上司が刑事責任を追及されることもあります。

 

このように、どの程度の役職から刑事責任を追及されるかと考えるのではなく、労基法違反をしたのは誰かによって刑事責任が追及される者を考えます。

 

最終的に刑事責任が追及されるかは、検察官および裁判官の裁量に委ねられます。

 

 

4. 送検されないための対応法

 送検をされないためには、誠実に対応するしかありません。是正の期間内に是正対象の改善に努めましょう。違法状態が解消され、その他に問題がなければ送検の可能性は解消されます。

 

5. 送検後の手続

 送検後の手続としては、まず、起訴判断と不起訴判断に分かれます。

 

 検察官が起訴すると判断した場合、正式手続または略式手続のいずれかを求める起訴がなされます。

 

 正式手続は、公開の法廷での正式な手続きが踏まれるものであり、略式手続は、公判を開かず書面審理のみで刑を言い渡すものです。

 

 略式手続は正式手続に比べ手続きが簡単で、かつ早期に裁判から解放され、科される刑も罰金だけです。略式手続に付されるのは、犯罪事実が明白で事件の内容も簡単な場合であり、略式手続が用いられることがほとんどです。

 

 正式手続で有罪となれば、罰金刑のみでなく、法令違反の態様が悪質であると判断されれば懲役刑が言い渡されることもあります。

 

 一方、不起訴となった場合は、手続はそこで終了します。

 

 不起訴となる場合としては、嫌疑不十分若しくは嫌疑不存在又は起訴猶予の場合です。

 

第10 労働安全衛生法違反による刑事責任

1. 規制

 労働安全衛生法は、労働災害を防止し、労働者の安全と健康を守るために、労働災害の防止のための危害防止基準を確立し、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的としています(安衛法1条)。

 

 このような目的を背景として労働安全衛生法では様々な規制がされています。また、規制に違反した場合の罰則も定められています。

 

 労働安全衛生法における多くの罰則は、両罰規定となっており、違反した行為者はもちろん、その事業主体である法人や個人も罰せられます。

 

 

2. 具体的送検事例

(1)    虚偽報告事案(労災かくし:福岡労局管轄平28.7.7)

①事実の概要

 土木工事現場において、労働者とドラグ・ショベルとが接触する労働災害(休業災害)が発生しました。

 

この労働災害に関して現場監督者はドラグ・ショベルと接触するおそれのある範囲に労働者が立ち入らないようにするための措置を講じていませんでした。

 

 さらに、会社代表者は、労働者死病報告書に「被災労働者が自ら転倒して負傷した」旨の事実と異なる発生状況を記載して労働基準監督署に提出し、虚偽の報告をしました。

 

②適用される罰則

 労働災害が発生した場合には、労働者死病報告書を労働基準監督署に提出しなければなりません(安衛法100条1項、安衛則97条1項)。

 

内容に関して、真実を記載しなければなれないため、この場合では、罰金50万円以下の罰則が科されることになります(安衛法120条5号)。

 

 さらに、事業者は、車両系建設機械用いて作業を行うときは、運転中の車両系建設機械に接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのある個所に労働者を立ち入らせてはなりません安衛法20条1号、安衛則158条1項)。

 

この場合では、この点の違反もあるため、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることになります(安衛法119条1号)。

 

(2)    髙作業における墜落災害(福岡労局管轄平28.7.13)

①事実の概要

 2階建て木造家屋の解体工事において、2階屋根上で瓦の除去作業を行っていた労働者が、屋根の端から地上へ約6メートル墜落して死亡しました。

 

この労働災害に関し、個人事業の代表者は、作業箇所に親綱を張り労働者に安全帯を使用させる等の墜落防止措置を講じていませんでした。

 

 

②適用される罰則

 事業者は、労働者が作業にあたり、墜落の危険がある場合には、労働者に安全帯を使用させるなど墜落防止の措置を講じなければなりません(安衛法21条2項、安衛則519条2項)。

 

この場合では、労働者に安全帯を使用させていない労働安全衛生法違反があるため、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることになります(安衛法119条1号)。

 

 

 

(3)    食品加工用機械による労働災害(福岡労局管轄平28.5.12)

①事実の概要

 スーパーマーケット内にある食肉販売店において、労働者がミンチ機を使用して食肉をミンチ状に加工する作業を行っていたところ、食肉の投入口からいれた右手がミンチ機のロール部分に巻き込まれ、手関節から先を切断しました。

 

個人事業の代表者は、ミンチ機の投入口に蓋や囲い等を設けておらず、労働者に材料を安全に送球するための用具を使用させていませんでした。

 

 

②適用される罰則

 事業主は、食品加工用粉砕機又は食品加工用混合機の開口部から可動部分に接触することにより行動者に危険が生ずるおそれのあるときは、蓋、囲い等を設けなければなりません安衛法20条1号、安衛則130条の5第2項)。

 

また、原材料を送給する場合において、労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、当該機械の運転を停止し、又は労働者に用具等を使用させなければなりません(安衛法20条1項、安衛則130条の6第1項)。

 

この場合では、これらの規定に違反しているため、事業の代表者は、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることになります(安衛法119条1号)。