コロナ禍における労働契約上の諸問題
新型コロナウイルスの影響を受けて、労働環境が大きく変わったという企業も多いのではないでしょうか。
人員整理や雇い止め、内定取消しなどの大きな動き以外にも、社員の出向や副業の許可、在宅勤務の奨励など、労働契約上の様々な問題が発生しています。
この項目では、そのような労働契約上の諸問題の現況についてお話します。
今回触れる問題は、
◯副業
◯パート・アルバイトの休業
◯派遣契約における派遣先の休業
◯時差出勤
◯在宅勤務
◯通勤手当
◯出勤手当・危険手当
です。
副業
もともと、本業のほかに副業を行い、収入を得ている労働者は多いです。
働き方改革によって副業に対する意識が社会全体で変化していることや、コロナ禍による休業などが原因となり、副業を行う労働者がこれまで以上に増える可能性があります。
現在副業を禁止している企業でも、今後は認めざるを得なくなる企業が増えると考えられます。
副業を許可するにあたっては、労働者の副業が本業になり、転職してしまうというリスクがあります。
このリスクを避けるためには、副業を認める場合には誓約書・合意書を交わしておくと良いでしょう。
そうすることで、労使関係を明確化し、かつ転職に備えることができます。
パート・アルバイトの休業
新型コロナウイルスの影響を受けて、各企業の業績は低迷し、休業する業種も増えてきています。
パート従業員やアルバイト従業員についても、休業の影響から
「今は仕事がないから、アルバイトやパートは明日から来なくて良い」と、使用者がパート・アルバイトの就労を拒否することが増えてきています。
使用者側の気持ちとしては、「パート・アルバイトはシフト制だから、休業手当は支払わなくてよいだろう」と考えて、実際に支払っていない方も多いです。
それに対して、パート・アルバイト側も特に支払いを請求しないというのが、よくあるケースです。
しかし、実は労働者が裁判所に訴えた場合、使用者には休業手当の支払い義務が発生する可能性が高いのです。
パート・アルバイトの休業については、明確な基準や通達などはありません。
ただし、仮に裁判所が判断する場合には、過去の労働実績(過去3ヶ月の勤務実績等)を踏まえて、労働契約の合理的な解釈がなされます。
そして、その場合「もし新型コロナの影響を受けて休業していなかったら、少なくとも◯日、◯時間働けていた」との契約解釈が行われる可能性が高いのです。
よって、使用者は「労働者が休業手当を請求すれば、支払わなくてはならない」と考えておく必要があります。
雇用助成金など、コロナ禍を受けて必要条件が緩和されている公的支援もありますので、それらの利用を視野に入れておきましょう。
派遣契約における派遣先の休業
コロナ禍において、派遣社員を派遣先企業が休業させた場合、派遣元企業は派遣料金を請求できるのか、という問題もあります。
この問題を考えるにあたって、大前提となるのが、
派遣元:派遣社員…労働契約を結んでいる
派遣元:派遣先…労働者派遣契約を結んでいる
という事実です。
つまり、「派遣社員を派遣先企業が休業させた場合、派遣元企業は派遣料金を請求できるのか」という問題は労働問題ではありません。派遣元と派遣先との派遣契約の問題です。
よって、派遣基本契約書や派遣個別契約書といった契約の定めに従って処理されるのが原則です。
以下、契約条項に休業時の派遣料金についての定めがある場合とない場合に分けて検討します。
契約条項に定めがある場合
契約条項に休業時の定めがあり、
「派遣労働者が就労しなかった場合、派遣元は派遣料金を請求することができない」
などの記載がある場合は、派遣先は派遣料金の支払いを行う必要はありません。
契約条項に定めがない場合
契約条項に、休業時の定めがある場合の対応は、民法の原則に基づいて判断されることになります。
民法上には、
◯総務契約の一方が不能となった場合に、他方の存否については「債権者の責めに帰すべき事由の有無により結論が異なる」(危険負担の問題 民法第536条1項)
とあります。
つまり、「派遣先(=債権者)の責めに帰することができない事由」に基づいて休業した場合は派遣料を支払う必要がありません。(民法第536条1項)
一方、「債権者の責めに帰すべき事由」に基づいて休業した場合は、派遣料金を仕払う必要があります。(民法第536条2項)
具体的な例を上げると、たとえば、
①:行政からの営業停止の指示に基づき休業した場合には、「派遣先の責めに帰すべき事由」はないものと考えられます。
よって、派遣元企業は派遣料金を請求できません。
②:新型コロナウイルス感染症による影響を原因とした業務量減少の休業については、「派遣先の責めに帰すべき事由」に基づいて休業したと判断されます。
よって、派遣元企業は派遣料金を請求できます。
今後注意すべき点
今後、派遣社員の休業に関しては以下の点に注意しておく必要があります。
派遣先企業:派遣契約書を事前にチェックしておく
派遣元企業:自社のリスクを減らすための条項を検討する
とある派遣元企業の事例では、契約条項の中に
「甲(派遣先)の責めに帰すべき事由により、派遣労働者の業務遂行が不可能となった場合には、乙(派遣元)は債務不履行の責任を負わず甲に派遣料を請求することができる」
という内容を盛り込んでいました。これにより、緊急事態宣言が出る前の自主休業の場合には、派遣料を請求できると考えられます。
以上のように、事前に契約内容を整えておくことで、自社のリスクを減らせるのです。
なお、2020年4月1日に民法改正がありましたが、旧法下での契約であれば旧法にて処理されます。
ただし、新法適用の場合(2020年4月1日以降に契約したもの)であっても、結論に変わりはありません。
時差出勤
新型コロナウイルスへの感染リスクを下げるために、社員に対して時差出勤を求める企業も増えてきています。
そこで問題となるのが、会社から従業員に対して一方的に時差出勤命令をできるのかというものです。
この問題の答えは原則「できない」です。始業時間や就業時間は雇用契約によって定められています。変更する場合には、会社ー従業員間に新たな合意が必要です。
ただし、就業規則に定めがある場合は、時差出勤命令が可能となります。
たとえば、就業規則に「業務の都合その他やむを得ない事情により、始業時刻、終業時刻を繰り上げ、または繰り下げることがある」などの規定がある場合です。
今回の新型コロナウイルスの流行により、政府からも感染予防のために、時差出勤などを用いて人混みを避けるように要請が出ている状況です。人混みを避けて通勤するのが難しい従業員に対して、安全の確保という観点から時差出勤を命じることは、「やむを得ない事情」に当てはまると考えられます。
時差出勤による残業代
時差出勤を実施するとなると、気になるのが本来の就業時間からはみ出た時間帯の勤務に残業代が必要かどうか、という問題です。
これは、基本的には残業代は発生しません。就業時間が前倒しになったり、後ろにずれたりしたとしても、実際の労働時間に変更がなければ残業とはならないのです。
たとえば、就業時間が
9:00~18:00 休憩1時間 の企業があったとします。この企業の就業時間が、
8:00~17:00 休憩1時間
になったとしても、実働時間はかわりません。よって残業代は発生しません。
ただし、時差出勤の結果実働時間に変更がある場合は残業代が発生します。
また、勤務時間が22:00~5:00にまたがる場合は、割増賃金が発生します。
時差出勤に伴う労働時間短縮・賃金の減額
時差出勤に伴って、労働時間を短縮したり、賃金を減額することを検討するのあであれば、労働者との合意が必要です。
特に賃金減額の合意については、裁判上労働者が本当に納得した上で、そのような合意に至ったかについて、会社に厳しい判断がなされる傾向にあります。
賃金減額の合意については、
①労働条件の変更により従業員にもたらされる不利益の程度
②従業員が合意をするに至った経緯及びその態様
③合意に先立つ労働者への情報提供又は説明内容などを考慮して、賃金減額の同意が従業員の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること
が必要とされています。
よって、勤務時間の短縮かつ賃金の減額を導入するのであれば、従業員と十分に話し合いを行い、その過程を書面に残すなどして、労働条件の変更について同意を得なくてはなりません。
なお、賃金減額の合意内容が、賃金表・賃金テーブルの最低金額を下回る場合には、就業規則の最低基準効※により、就業規則を下回る賃金額での合意の部分が無効となります。
この場合、就業規則・賃金規定の変更が必要となりますので、注意が必要です。
※個別の雇用契約の内容が就業規則の内容を下回る場合には、就業規則の内容が優先して適用されるという効果
在宅勤務
在宅勤務も、コロナ禍において大いに注目された働き方の1つです。
多くの企業が在宅勤務を取り入れた一方で、いくつものトラブルも発生しました。
今回取り上げたい問題としては、
◯テレワークをする必要が無いのに、「テレワークにしてほしい」と言う
◯テレワークをする必要があるのに、「テレワークは嫌だ」と言う
という2つのパターンです。
企業側としては、今後を見据えて規定に明記し、業務命令でテレワークの実施・中止をできるようにしておくことが重要になってきます。
規定を新たに追加するのであれば、情報漏洩に関する規定も設けておくとよいでしょう。
在宅勤務手当
在宅勤務手当の扱いについて悩んでいる企業も多くあります。
在宅勤務で私用のパソコンやプリンタ・ネット通信などを利用しているのであれば、その分の経費負担が従業員にのしかかります。
これらについて、相場というものは今の所ありません。しかし、いずれ手当を支払わざるを得なくなると考えられます。
事業場外みなし労働時間制について
事業場外みなし労働時間制とは、労働時間の全て、あるいは一部が事業場外で行われる場合に、使用者の指揮監督が及ばず労働時間の算定が困難な場合に、1日の労働時間にこだわらず、当該会社の1日の所定労働時間(例:8時間)を働いたとみなして賃金を支払う制度です。(労基法38条の2)
事業場外みなし労働時間制の効果
所定労働時間みなし(労基法38の2 1項本文)には、
1日の労働時間にこだわらず、当該会社の1日の所定労働時間(例:8時間)を働いたとみなして賃金を支払う仕組み
と記載されています。
この制度の場合、時間外手当は原則発生しません。
通常、この制度が必要とされるのは、所定労働時間内で日常業務をこなすこと
が困難で、一定の超過時間が恒常的に発生する場合です。
労使協定を結び(労基署への届け出が必要)、その協定でみなした時間を労働時間として賃金を支払います。
たとえば、外勤のセールスマンや新聞記者など、当該業務が通常8時間かかる業務だとします。所定労働時間みなしにおいては、実際に働いた時間が9時間でも7時間でも、8時間とカウントしてその分の賃金を支払い、時間外手当は支払いません。
事業場外みなし労働時間制の適用要件
在宅勤務(労働者が自宅で情報通信機器を用いて行う勤務形態)については、以下の要件を満たすことができれば、労働基準法第38条の2に規定する事業場外労働に関するみなし労働時間制が適用可能です。
①当該業務が起居寝食など私生活を営む自宅で行われること
②当該通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
③当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと
②については、回線に常時接続状態だとしても、自由にその場を離れたり回線切断が可能であるなど、使用者の指示に即応する義務がない状態のことを指します。
③については、使用者が労働者に対して情報通信機器を用いて随時具体的指示を行うことが可能であり、かつ、使用者からの具体的な指示に備えて待機しつつ実作業を行っている状態、あるいは手待ち状態で待機している状態にないことを指します。
「具体的な指示」には、当該業務の目的、目標、期限などの基本的事項を支持することや、これら基本的事項について所要の変更の指示をすることは含まれません。
テレワークをする労働者に関して、事業場外みなし労働時間制を適用するためには、
◯上司からの連絡に対して即応する義務を課さない
◯上司からの指示は期限などの基本的事項にとどめること
の2点に注意する必要があります。
通勤手当
通勤手当に関する問題に対応していく必要性もあります。
在宅勤務が続く場合に通勤手当の支給が必要か、という問題が発生します。
これに関しては、賃金規定の定め方によって答えが異なります。通勤手当を交通費の「実費」の趣旨として支給するという内容の規定かどうかがポイントです。
労基法上では、使用者は通勤に関する費用の支払いを義務付けられてはいません。各社が人材獲得や福利厚生の観点から、独自にルールを設けて支給しているのが通勤手当です。
①通勤手当を通勤費の「実費」の趣旨として支払うことが明記されている場合、在宅勤務により実費が一切発生していないのであれば、通勤手当の支給は不要となります。
②通勤手当を通勤費の「実費」の趣旨として支払うことを明記しているが、「1ヶ月定期代」など支給方法が特定されている場合も、在宅勤務により実費が一切発生していない場合は通勤手当を支給する必要はないと考えます。
しかし、週に1回だけ出勤する場合には、支給方法として「1ヶ月分の定期代」と規定になる以上支給しなくてはなりません。
そもそも、通勤手当についてどのように支払うかは労使の合意に基づきます。
今後はこのような在宅勤務を想定して、
「毎月定額の通勤手当は支給せず、実際に通勤に要する往復運賃の実費を賃金支給日に支給するものとする」(厚生労働省:テレワークモデル就業規則~作成の手引き~より引用)
のような支給ルールを定めた方がよいでしょう。
③通勤手当を交通費の実費とは無関係に一律で支給している場合は、そもそも通勤手当が交通費の実費の趣旨として支払っているものとはいえません。よって、仮に在宅勤務で全く出社していない場合でも、支給をしなければならないと判断されます。
出勤拒否/危険手当
感染者が増加傾向にある場合、従業員が出勤を拒否する事例の増加も考えられます。
現段階では出勤している従業員からも、「欠勤したい」「休業扱いにしてほしい」との要望が出てくる可能性があります。
実際に、大手小売ではストライキが発生しています。
これらの問題に対応するにあたって、覚えておくべき大原則として
「従業員が希望したら欠勤をしたり、休業をしたりできる権利はない」
という点があります。従業員を欠勤させたり休業させたりするかを決めるのは、あくまで会社なのです。
しかし、「怖い」「気になって集中して仕事ができない」と言われてからでは対処が難しいです。
対策を徹底していることを従業員に示すしかありません。消毒液の設置や社内に密をつくらない工夫などの施策を実施し、従業員に安心してもらうことを目指しましょう。
大手小売を中心に「特別手当」を設けた企業も出てきましたが、これは従業員からの出勤拒否を防ぐために先手を打ったものです。
労務のご相談はお早めに
新型コロナウイルスの影響を受けて、求められる働き方も変わり、対応に追われている人事・労務担当者様も多いかと思います。
上記で説明した労働契約上の諸問題は、放置したままにしていると重大な労働問題へと発展しかねません。万が一裁判になった場合には、多大な労力と時間を割かなくてはなりません。
ただでさえ、新型コロナウイルスの影響を受けて業績が傾いた企業が増えている状態です。本来時間を割くべき事業以外に手を取られるのは、とてももったいない話です。
問題が顕在化してしまう前に、専門家に相談してトラブル予防をすることが重要なのです。
弊事務所には、中小企業の労務問題に詳しい弁護士が多数在籍しています。
使用者様側のご相談は初回無料でお受け付けしております。ぜひ、お気軽にご相談ください。