事例③ 試用期間後の本採用拒否

(1)事案の概要

 大阪府堺市の大仙商事というボルトの卸会社に入社したCが、試用期間3か月の期間内に会社から本採用を拒否すると言い渡されました。大仙商事は、Cが入社後の勤務において、上司に日々の挨拶をしなかったこと、また他の社員よりも作業にかかる時間が長かったことから、Cを本採用拒否することとしました。

(2)争点

 本件のCに対する本採用拒否が有効かどうかに関連して、試用期間の法的性質と、会社が本採用拒否をするのに法的制限があるのかが問題となります。

 

(3)事案の解決

ア 結論

 試用期間の法的性質は留保解約権付の労働契約となり、本採用拒否には制限があります。そして、本件Cに対する採用拒否は無効と考えられます。

 

イ 理由

 まず、試用期間の法的性質については、試用期間の目的が一般的に①会社の従業員の身元調査の補充(適格性身元調査補充期間)、②試用期間中の勤務状態の観察期間(適性判定実験観察期間)であることから、適性判断を判断し、適性がないと判断される場合には本採用を拒否できるという解約権留保付労働契約の性質を有するとされています(三菱樹脂事件、最判昭48、12,12)。

 

 次に、本採用拒否の法的制限については、試用期間であっても労働契約として成立しているため、本採用拒否による雇用取りやめは解雇と同様の規制を受けます。

 

 労働契約法16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めており、本採用拒否にもこの条文が適用されます。もっとも、試用期間については、もともと従業員の資質・性格・能力などの適格性を判断する期間として設けられているため、通常の解雇よりは有効性が認められやすいといえます。

 

 具体的には「採用後当初知ることが出来なかった事実を知るに至った場合、その事実に照らして雇用しておくことが適当でないと判断することが客観的に相当であると認められる場合」に解約権を行使して本採用を拒否できます。裁判例で採用拒否が有効とされた例としては、学生時代の暴力による刑事事件での逮捕歴の発覚、落第、身元保証書不提出、試用期間中の研修への遅刻、他社社員との口論という事情があった場合です。

 

 採用拒否が無効となった例としては、関連会社の社長に声を出してあいさつしないという事情の場合があります。本件Cについては、あいさつについては注意指導による改善が考えられること、仕事が遅いことも改善が考えられるので、「雇用しておくことが適当でないと判断することが客観的に相当である」とまではいえません。採用活動を通じて会社が最低限の能力はあると判断したと考えられる以上、特にCの能力が改善困難で業務に堪えないとまでいえる事情はないので、本採用拒否を有効とすることは本事案では困難でしょう。

 

ウ 防衛策

 採用段階において、採用後を見据えた制度設計をすることが法的紛争の防衛に重要です。 まずは、採用時に応募者の能力を適切に図る体制を整えましょう。例えば、インターンシップを実施し、適性の見極めを行ったり、資格証書の提出を求めたり、採用試験で実技を求めたりということが考えられます。

 

 次に、試用期間中の従業員の義務についても明確化をしておきましょう。研修、資格取得、目標達成などの義務を設け、義務達成がない場合には本採用しないということを、内定通知書や雇用契約書に明確に記載します。 

 

(4)参考裁判例

・三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12)

試用期間の法的性質は解約権留保付労働契約であるとして、解雇権濫用法理(労働契約法16条)が及ぶとした事例です。これにより解約権行使(本採用拒否)には、客観的に合理的な理由と、社会通念上の相当性が必要とされました。

・神戸弘陵学園事件(最判平2.6.5)

使用者が、労働者の採用にあたり雇用契約に期間を設けた場合、その趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、期間の終了により当然に契約が終了する旨の明確な合意が当事者間に成立している等の特段の事情がない限り、上記期間は契約の存続期間でなく試用期間であるものと解すべきとした事案です。

・ブラザー工業事件(名古屋地判昭59.3.23)

労働者の労働能力等を判断する際に必要な合理的範囲を超えた長期の試用期間の定めは、公序良俗に反し無効とした事案です。企業が見習社員期間(短い者で6~9か月、長い者で15か月)の後に、更に本社員登用のための試用社員期間(12~15か月)を設けていました。