事例① 管理職からの残業代請求
(1)事案の概要
四万十食品は全国のショッピングモールでうどんチェーン店である「四万十うどん」という店舗を営む会社です。ある店舗の店長である四万十食品の従業員Aについて、業務中に厨房で喫煙をしていることが報告されました。会社が注意・指導してもAが態度を変えないことから、四万十食品はAを解雇しました。これに対して、Aは四万十食品に対して未払いの残業代があるとして労働審判の申立を行いました。
なお、「四万十うどん」における労働条件は以下のようなものでした。
・営業時間 10:00~23:00
・正社員2名、パート2名で運営する。
・店長は、①毎週末に翌週のシフトを決めて運営する、②バイト採用・解雇の権限を有する、③他の従業員とは別に10万円の能力給が付与されていた。
・就業規則はなく、所定労働時間の定めはなかった。
・労働時間はタイムカードで管理していた。
(2)法的な争点
残業、つまり労働基準法において「時間外」とされる労働については、会社・使用者は割増賃金を支払わねばならないと定められています(労働基準法37条1項)。もっとも、労働基準法では「監督もしくは管理の地位にある者」(管理監督者)については、当該規定の適用を除外しています(労働基準法41条)。
そこで、本件事案のAが店長という管理職であることから、「管理監督者」として残業代(時間外割増賃金)の支給対象とならないのではないかということが法的な争点となります。
(3)事案の解決
ア 結論
四万十食品はAに対して残業代を支払わなければならないといえます。Aは店長という管理職待遇ですが、法律上の「管理監督者」には該当せず、Aには残業代が発生します。
イ 理由
争点は上にあげたように、労働基準法上の「管理監督者」に該当するかです。「管理監督者」とは、「労働条件の決定その他の労務管理について経営者と一体的な立場にある者」をいうと解されています。
その判断は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって労働時間、休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務態様及び賃金等の待遇を踏まえ、総合的に判断するとされています。特にチェーン店の店長については、詳細な基準が通達で出されているので参照してください(「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」平成 20 年9月9日基発第 0909001 号通達)。
これらの基準からすると、本件のAについては、一定程度は店舗の労務管理上の権限は有するものの、小規模な店舗で自身もパート従業員と同様の業務を行っているものと考えられ、実質的には自身の労働に対する裁量は小さいといえます。上記通達の基準からは、管理監督者に該当して残業代の支給が不要な従業員といえる場合はかなり限定されることになります。
ウ 防衛策
本件事案のような場合に、会社としての防衛策はどうなるでしょうか。
まずは、労働基準法上の「管理監督者」に当たるとして、残業代の支給対象ではないとすることには慎重になるべきです。理由で述べたように、「管理監督者」に当たる従業員はごく一部の限定された者に限られるという法の運用がなされています。従業員には業務内容、労働時間に見合った賃金を与えるようにすることが、法的紛争の予防のために重要となります。
次に残業代については、通常は現実の時間外労働時間に応じた残業代を支払う必要がありますが、条件を満たせば固定額での支払いが可能です。固定額とする条件は、①労働契約書に通常の賃金の部分と残業部分が明確に区別されていること、及び②固定分を超過した残業代について支払うことを明記していることです。
注意すべきなのは、固定額のみの支払いでよいのは、実際の労働時間に応じた額を上回る場合のみで、固定額が実際の時間外労働に応じた額を下回る場合には固定額と別途不足額の残業代の支払いが必要となります。したがって、会社として固定額とするメリットは、固定額を上回る残業をさせない限りにおいて、従業員への残業代の支払いを一定額として見込めるという事前の人件費計上における便宜くらいであるといえます。
(4)参考裁判例
・日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)
ファーストフード店の店長の職務と権限は店舗限りのもので、経営者と一体となって労基法の労働時間規制の枠を越えて事業活動することが必要となるものではなく、また、「管理監督者」としての待遇がされていたわけでもないとして、「管理監督者」に当たらないとされた事例です。
・静岡銀行事件(静岡地判昭53.3.28)
銀行の支店長代理が労基法41条2号の「管理監督者」でないとされた事例です。
・サンド事件(大阪地判昭58.7.12)
課長が「管理監督者」でないとして時間外手当等の請求が認容された事例です。
・ケーアンドエル事件(東京地判昭59.5.29)
広告会社のアート・ディレクターが「管理監督者」でないとされた事例です。