4.労災認定との関係で問題となった事例

〇名古屋南労基署長(中部電力)事件 (控訴審) 名古屋高判平19.10.31

・事案の概要

 電力会社に勤務していたAについて、上司の厳しい指導によりうつ病にり患して、自殺したとして、労働者災害補償保険法(労災保険法)の適用につき当該自殺の業務起因性が争われた事案。Aの妻であるXが原告となり、労災保険法に基づく遺族補償年金、葬祭料の支給請求に対する労働基準監督署長の不支給処分の取消を求めた。

・判決のポイント

 自殺の業務起因性については、業務と精神疾患の因果関係、精神疾患と自殺の因果関係が問題となるとし、業務が精神疾患を発症させる程度に過重であったかどうかが問題とされました。具体的な上司の言動、Aの業務内容等を検討し、これらの与える心理的負荷を検討したうえで、本件業務とAのうつ病発症の因果関係を認めました。特に上司の厳しい叱責がパワーハラスメントとして強い心理的負荷を与えたと評価されました。

 

・判旨

 まず、業務起因性の判断基準について、業務起因性が認められるには疾病と業務の間に条件関係のみならず相当因果関係が認められる必要があること(最高裁小2判昭51.11.12)を前提に、「業務が傷病発生の危険を含むと評価できる場合に相当因果関係があると評価すべきであり、その危険の程度は一般的、平均的な労働者すなわち、通常の勤務に就くことが期待されている者(この中には、完全な健康体の者のほかに基礎疾病等を有する者であっても勤務の軽減を要せず通常の勤務に就くことができる者を含む)を基準として客観的に検討すべきである」としました。特に業務と精神疾患の発症との相当因果関係については、環境由来のストレス(業務上または業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、ぜい弱性(個体側の要因)を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上客観的に見て、上記「平均的な労働者」に精神疾患を発症させる程度に過重であるといえるかで判断するとしています。

 

 具体的な心理的負荷の判断においては、業務上は主任昇格、上司のパワーハラスメントともいうべき叱責、担当業務の増大という心理的負荷の強い出来事があるが、業務以外では特段の心理的負荷を発生させるような出来事がなく、Aが性格、能力共に一般的平均的労働者の範囲内にあるとして、Aのうつ病の発症は業務に内在する危険が現実化したものとして、業務とAのうつ病発症との相当因果関係を認めました。

 

 Aのうつ病と自殺との因果関係については、うつ病の典型的な抑うつエピソードに自傷あるいは自殺の観念や行為が含まれていることから、Aはうつ病により正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は、自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に及んだものと推定できるとして、Aのうつ病と自殺との相当因果関係を認めました。

 

〇亀戸労基署長事件(控訴審) 東京高判平20.11.12

・事案の概要

 Aが出血性の脳梗塞を発症したことについて、Aの妻Xが会社の業務に起因するとするとして労働基準監督署長に労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく休業補償給付を請求し、同署長が不支給決定をしたことについて、その取消しを求めて訴えた事案。


・判決のポイント

 労働基準監督署長は、時間外労働と疾病のとの関連性についての基準に則り、本件Aについては業務起因性がないとしていました。これに対して裁判所は、基準には該当しないとしても、Aの時間外労働が相当長時間であることは認められ、かつ上司による叱責が執拗・異常なものであり、これらによるストレスが血栓を生じさせ、Aの本件脳梗塞を生じさせたと判断しました。

 

・判旨
 事実認定として、Aの時間外労働は、疾病発症前の6月前から1月あたり、約36,5時間、38時間、54,5時間、41,5時間、57,5時間、77,5時間あり、徹夜作業が加わる日もあったと認定されました。労働基準監督署においては、脳血管疾患及び虚血性心疾患等については、発症前1月ないし6月にわたって、1月当たり45時間を超える時間外労働があれば、その時間が長くなるほど業務と発症との関連性が強いと評価される取扱いとなっているところ、Aの時間外労働は、同基準に満たないとしても、相当長時間のものであると評価することができる、としました。

 

 これに加えて、上司の叱責について、部長はAに対し、1月に2回以上、執拗に、かつ数回は2時間を超えてAに起立させたまま叱責しており(叱責の内容も、部長自身の判断ミスによる失敗についてもAの責任にして叱責するようなことが少なくない状況で、そのことは周囲の者にもわかるほどであった。)、このためAは肉体的な疲労のみならず、心理的負担を有することとなり、Aに一層のストレスを与えることとなった、と評価しました。

 

 そして、これらのストレス及び徹夜作業のストレスを誘因に持続性心房細動が発生し、これに伴い形成された血栓によりAは脳梗塞を発症したと認められました。
 また、心房細動の誘因となり得る喫煙、飲酒をAがしていたことについては、上司の執拗かつ異常な叱責を機に、Aが断っていた喫煙を始め、酒量が増えたとして、飲酒喫煙を業務起因性を否定する理由にすることは相当でないとしました。

 

〇関連裁判例

・さいたま労基署長(日研化学)事件(控訴審) 東京高判平19.10.11 

 工場従業員の夫が、業務による心理的負担や過労が原因でうつ病にかかり、自殺に至ったとして、妻が自殺の業務起因性を否定する労働基準監督署長に対して労働者災害保険法上の給付の不支給決定の取消しを求めた事案です。

 当該夫の業務について昇任の前後を通じて内容に大きな変化はないこと、業務が一般的に強度の心理的負荷を伴うものとはいえないことが認められるうえ、私的な株取引における損失が大きな心理的負荷を与えたとみられること等から、業務と本件うつ病発症の因果関係を認めませんでした。

 

・国・静岡労基署長事件(日研化学)事件 東京地判平19.10.15

 会社従業員の夫が自殺したことについて、妻が業務に起因する精神障害によるものであるとして、労働基準監督署長がした労働者災害補償保険法上の給付についての不支給決定の取消しを請求した事案です。上司の「存在が目障り」、「給料泥棒」、「病気と違うか」等の言動があり、これらの言葉自体の内容が過度に厳しいこと、この上司の態度に嫌悪の感情の側面があること、勤務形態において上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあること等から、上司の態度による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷であるとしました。

 そして、他に業務外の心理的負荷や当該従業員の個体側の脆弱性も認められないとして、業務と精神障害の相当因果関係を認めました。さらに、当該精神障害と自殺との相当因果関係を認め、結論として自殺の業務起因性を認めました。